安易にカタカナ・・・大丈夫? | 特許翻訳 A to Z

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翻訳会社から、「原文の用語が異なる場合は訳語も変える」という指示が出ることは、よくあります。

いわゆる訳し分け指示です。

 

とはいえ、日本語と外国語は1:1に対応するわけではないため、無理に訳し分けると逆に誤訳になることも。

よく例に出されるのが、conjugate、bind、tag、linkなどが、いずれも「結合」と訳されるケースです。
同じ原文に「結合」の意味でこれらの語が含まれるとき、bindを「結合」としたからconjugateは「コンジュゲート」、linkは「リンク」・・・・と強引に訳を変えるのは、無理があります

 

これに限らず、カタカナは、無理な訳し分けへの対応で頻繁に使われています。

訳語が見つからない場合、カタカナで」という指示も、ときどき耳にします。
 

漢字の訳語を工夫していた昔の人と違って、現代人は、すぐカタカナを頼りますよね。
 

音と意味の両方を反映させ、book-keeping (「ブキ」と聞こえる)を「簿記」、confeito(コンフェイト)を「金平糖」と訳した人々のような工夫をしろというわけではありませんが、訳し分けのためのカタカナほど、ナンセンスなものはないのでは?

 

カタカナは、表音文字。
文字そのものは、意味を持ちません。
「バリアフリー」という言葉が出始めた頃、意味がわからないという批判があちこちで聞かれましたが、これと同じで外国語を音訳しただけでは、「何の情報も伝えていない」のと同じなのです。

そして特許明細書なら、「不明瞭」になり得ます。
不明瞭だということは、たとえば新規事項になっているのかいないのか、権利範囲がどこまでなのか、何も判断できないということ。

 

何でもカタカナにすればよいというわけでは、ないのですね。

 

 

実際、明細書のカタカナ語が不明瞭だとされた例というのは、意外とあります。
中間処理で不明瞭だと拒絶されたものだけでなく、権利化後の訴訟ではじめて語義が問題になる例も。

 

「権利化できるか否か」と「あとから争いになるか否か」は、別問題だということでしょう。

 

たとえば、特許2690256号の「フラットワーク物品」。
これは訳し分けではなく、安易なカタカナ依存の例と言えるかもしれません。

特許権侵害差止等請求控訴事件(平成25(ネ)10103)で、フラットワーク物品という語に対し、控訴人から「明細書に定義や説明がなく、一般的な用語でも技術用語でもない」という主張がなされています。

裁判所の判断は

『この点,「フラットワーク」は英語の“flat work”を片仮名表記したものであり,「フラット」は「平らな」,「ワーク」は「作業」や「加工」という意味を観念できる外来語として,いずれも我が国において一般的に知られた語であると認められる。
そして,洗濯業界においては,ロール式アイロンで処理するシーツやテーブルクロス,布団カバーなどのような平たい洗濯物は「平物」と呼ばれていること(甲22),本件発明における「フラットワーク物品」は「アイロンローラなどの洗濯処理ユニット」に供給されるものであることからすれば,本件発明に係る技術分野の当業者は,「フラットワーク物品」が「平物」,すなわち,ロール式アイロンで処理するシーツ等の平たい洗濯物を指すことを,極めて容易に理解することができるというべきである。
よって,記載1が不明瞭であるとの控訴人の上記主張は,採用することができない。』


となりましたが、安易なカタカナ表記は、将来何を引き起こすか分からない
訴訟の相手方に、いくらでも「突っ込みどころ」を与えてしまうのです。

 

 


タオルやシーツなど1回でプレスできる洗濯物を「平物(ひらもの)」、スーツや制服など形のあるものを「型物(かたもの)」と呼ぶのは洗濯業界の「専門用語」で、最初から「平物」と訳しておけば、この語に関するやり取りや証拠集めは、避けられたはず。

(※本件は優先権主張国がデンマークのパリルートで、デンマーク語の「tøjstykker」が英語のファミリでは「flatwork article (flatworkは一単語)」と翻訳されています。日本語への翻訳時、英語からではなくデンマーク語→日本語の直接訳で、何かの資料に対訳として「フラットワーク」が掲載されていた可能性などもゼロではありませんが。)


いずれにしろ、安易にカタカナを頼ることだけは、避けるほうが良いでしょう。
原語併記をすることで、「ある程度は」問題を減らすことは可能だとは思いますが、少なくとも、本来なら必要ないはずの訳し分け「だけのために」カタカナを使うのは、無意味だと思います。

 

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