「当業者」の「英訳語」について考える(4) | 特許翻訳 A to Z

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連載4本目です。


ここまでで、
 ・知的財産分野における各国の歴史の中で、2000年代に入るまでは「当業者」について横断的な議論がなされていなかったこと
 ・近年になって、真正面から光を当てようという動きが活発になっていること
 ・日本では「当業者」という表現が、特許性の判断に密接に関わっているため、外国語から日本語への翻訳時に、翻訳者が勝手に表現を変えるわけにはいかないこと
に言及しました。

次に日本語から外国語への翻訳について検討するにあたって、最初に、諸外国での議論の様子を取り上げます。
この連載の2回目3回目で軽く言及した、AIPPI(International Association for the Protection of Intellectual Property;国際知的財産保護協会)パリ総会での議論です。

The person skilled in the art in the context of the inventive step requirement in patent law」として、Minutes, Resolutions, Study Guidelines, Study Reportsがすべてインターネット上に公開されています。
この「Study Reports」を読むと、各国が「当業者」をどのように扱っているのかということが、おおよそ把握できます。

一例として、米国およびカナダの報告書から、一部を抜粋します。
強調は、こちらで付しました。
 

【米国】
The suggested questions will try to analyze and to understand the definition of the “person skilled in the art” in three steps: the notion of the “person”, the issue of his or her personal “skills” and finally the “technical field” in which these skills are exercised.
(中略)
Throughout most case law and the Manual of Patent Examination Procedure (MPEP)
standards, the “person having ordinary skill in the art” (aka “PHOSITA”) is referred to in the singular (“a person”, “the person”, “one skilled in”) when discussing obviousness, and in the singular AND plural (“those of ordinary skill”, “persons of ordinary skill”) when discussing enablement and written description issues
As discussed in response to Question (3), this distinction of referring to a plurality
of skilled persons
for enablement and written description issues likely emphasizes the difference in standard of the “person(s) skilled in the art,” and is not likely meant to insinuate that a group or team of persons represents the “person” of ordinary skill. 
(中略)
The skilled person is a hypothetical person. See MPEP § 2141.03(I)


「仮想の」人である旨が明記され、単複についても区別が記載されています。
 

【カナダ】
In Canada, the “person of ordinary skill in the art” (the “Skilled Person”) is the person or persons to whom the patent is addressed1  and may be conceptualized as either a single individual or as a group of individuals, depending on the nature of the invention in question
(中略)
In Canada, the Skilled Person is a hypothetical person, possessing the ordinary skill and knowledge of a particular art to which the invention relates (Free World Trust v. Électro Santé Inc. (2000), 9 C.P.R. (4th) 168, at para. 44 (“Free World Trust”)). 

最初の文に付された注釈
1 Pursuant to s. 28.3 of the Patent Act, R.S.C. 1985, c. P-4, “[t]he subject-matter defined by a claim in an application for a patent in Canada must be subject-matter that would not have been obvious on the claim date to a person skilled in the art or science to which it pertains …” [emphasis added].


こちらも仮想の人であることが明記されていますが、単複については、米国とは考え方が違います。


カナダに近い考え方をしているのがオーストラリアで、「The person skilled in the art may be one or more persons, depending upon the nature of the technology in question.」として、pharmaceutical分野での具体例があげられています。

欧州諸国の中には、EPC締約国としての自国の基準とEPOガイドラインの両方の視点から説明している国もあります。
 

いずれにしろ、「当業者」に相当する対象をどのように解釈しているかは、国によって異なります。
そしてそこには常に、特許法をはじめとする法律条文、審査基準、判例などが密接に関わっています。

ただし、「翻訳」という観点でいえば、非常にかぎられた一部の例外を除いて、法規や審査基準にまで踏み込む必要はないでしょう。
これについては、次回に。

■関連記事 (連載です)

「当業者」の「英訳語」について考える

「当業者」の「英訳語」について考える(2)

「当業者」の「英訳語」について考える(3)
「当業者」の「英訳語」について考える(4) ←現在地。
「当業者」の「英訳語」について考える(5)
 


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