「当業者」の「英訳語」について考える(2) | 特許翻訳 A to Z

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前回からの続きです。

誤解のないように先に断っておくと、当業者という日本語の定義に主軸をおいているわけではなく、翻訳の観点から、業界での議論と対応する英語表現について考えます。

このため、進歩性や非自明性、実施可能要件等の判断基準や解釈に関しては、深入りしません。
あくまで2つの言語間での翻訳あるいは言語差などが前提にあるととらえてください。


「当業者」という日本語そのものは、1890年代にはすでに文献の中で確認でき、1900年に入ると当時の特許局が絡む官報にも散見されます。
このように、日本語単独でみれば、言葉やその定義に類するものは相当に古くから存在します。

ただ、定義が実際のところ何を意味するのか、他国の「当業者」と何が同じで何が違うのかといった側面からの「分析」「検討」「議論」などになると、2001年以前には見当たりません。

そのことは、文献資料でも伺い知れます。
具体例として、「当業者」にそれまでとは違う切り口から光を当てようとした文献から、一部のくだりを抜粋します。
 

島並 良 著「特許法における当業者の概念--米国バイオテクノロジー発明を素材にして」
『神戸法学年報』 p.231~252 (2002)


ところでこれまでの日本の特許法学では、この当業者概念の意義や機能について、上記のような各適用場面を越えて横断的に研究した例は見あたらない。もちろん個々の適用場面における、しかも各技術分野ごとの当業者に関しては実務上の先例が集積しているが、従来の研究はそれら先例の整理と分類に留まっていたのが実状である。当業者概念は、ある「技術の分野における通常の知識」を有する主体を指すために、技術的背景を持たない多くの法学研究者にとっては、これまで(その重要な役割にもかかわらず)いわばブラックボックスのような存在であったと言えるだろう。 (p.232) 


著者は、知的財産法を専門とする法学者です。
米国特許法と米国での判例を織り交ぜながら、法律的な観点から、当業者について検討しています。
 

岡部 譲 著 「特許法の進歩性要件との関連における当業者」
『AIPPI』 vol. 56 No.1 p.42~44 (2011)


100年を超えるAIPPIの歴史の中でも,発明の特許要件の中核ともいえる「発明の進歩性」とはいかなる概念なのかを正面から考察する機会はなかった。ある意味では不思議なこととも言える。(中略)進歩性の概念が複雑で多様なことにかんがみ,段階的なステップを踏んで考察することとし,パリ総会ではその第一段階として「当業者」を検討課題とすることとした。(p.42)


著者は弁理士です。
AIPPIの国際総会の報告書の一部で、こちらは「各国の概念」を視野に入れています。
 

藤野 香子 著 「特許法における当業者について」
『知財管理』 vol. 60 No.9 p.1583~1589 (2010)


普段の実務においては,進歩性や実施可能要件全体については注意しても,「当業者」自体については意識が薄くなりがちではないでしょうか。
 本稿では,日本の特許法上の当業者とは如何なる者なのか,また当業者と関連性の深い特許要件である進歩性及び実施可能要件について,さらには米国及び欧州(EPO)における当業者について,検討します。(p.1583)


著者は弁理士です。
欧米と日本を比べる形での検討がなされています。

ここにあげた例はいずれも、法律的あるいは実務的な観点から、「当業者」を扱ったものです。

当然、各々の内容それ自体は、直接的には翻訳者の扱う領域ではないのですが、諸外国との比較を踏まえた上で「翻訳」を考えると、英訳時に、複数ある英語表現のうちの「どれかを適当に」使えばよいというわけではないことが、見えてきます。

このあたりが、今回のテーマです。

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