「ところで、お母さんは、どうしてる?」
父が、突然、静かに、聞いてきたのです。
私は一瞬戸惑いました。
でも、本当のことをそれとなく言ってもいい、と担当のお医者さまにも言われていたし、
いくら認知症ですぐ忘れてしまう父にでも、
そんな重大な事を黙っているのは辛かったし、
動揺しましたが、平然を装って、
「お母さんは先月、亡くなったでしょう。お父さん、忘れるからなあ、もう。」
と、困ったような演技もしながら、言いました。
すると父は、
「まだ、何言ってんの。そんな事、俺は知らないっちゃ〜。ほんとに?いづや?(何時だ?)」
と、ショックを受けた様子で、言ってきました。
私は、ますます、平然を装って、
「もう〜、何回も言ったのに。お葬式もしたでしょ。」
父→「まだ、ほんどにが?なんで?(また本当に?何で?)」
私→「身体弱ってて、寝たきりで入院してたでしょう?それで、老衰みたいな感じだよ」
父は、黙ってしまい、悲しそうな表情になりました。
そして、「嘘ばり言って。」と、言ってきたので、「本当だよー」
と言うやりとりを、3回くらい、しました。
私もさすがに、悲しくなってきました。
そして、暫く沈黙。
そして、
父→「お母さんは、最後になんか言ってだが?(何か言ってたか?)」
と聞いてきました。
私→「お父さんによろしくね。幸せだった〜って言ってたよ。」
と、作り話しをしました。
もう、話せなかった母ですから、本当にそう思っていたかは、わかりませんが。
すると父は、
「んだが…。(そうか…。)」
と言って、暫く涙を流し、目を覆ってしまいました。
また暫く沈黙のあと、
「お母さんは夢に出てくる?」
と、聞いてみました。
すると、父は、「出でくるよ。」
と即答。
やはり、そうなんだなぁ、と思いました。
そして、
お墓は、私に任せるから、よろしくな、と言われました。
家の売却の件も。
そして、「お母さんも亡くなったから、お父さんに私の住んでいる神奈川にきてもらおうと思うけど、どう?」
と聞いてみました。
すると、それは、「まだ、わかんねえなぁ」
と、その件は、半信半疑のようでした。
それはそうでしょう。
いきなり、母の死を告げられ、
退院後の事を言われても、認知症でなくても、
すぐに答えられる事ではないと思います。
でも、父は、
「家を処分するなら、
家にある俺の、アルバム、碁盤と将棋盤、掛け軸、母の着物、は、捨てないで欲しい」
と、それは、しっかり言いました。
昔の記憶は、本当にちゃんと、残っているのですね。
その日は、そんなところまで話して、
病院をあとにしました。
やっと、母の死を告げる事ができた。
私の心の中は、少し軽くなっていました。
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認知症で入院する、約1年前、2016年8月、作並温泉に父母私、私の息子娘で旅行に行った時。
父はこの時すでに、細かい所で様子はおかしかった。(認知症とアルコール依存症)
母は、もう完全に認知症で歩く事も大変だった。