「いいえ!」
と弟は兄に反論した。
「兄者一人を死なせておめおめとわし一人が生き延びて恩賞を貰えるものか!」
わしも兄者と共に先陣を取る。」
「お前・・・」
兄弟は二人顔を見合わせた。
先陣を取る。これはこの戦いに挑む全ての武士の望むものといってもよい。
成功すれば莫大なる恩賞をもらえる。
しかし、この戦いにおいて先陣を取るのは命を失うことにも等しい。
敵陣は厳重にこしらえられた逆茂木の向こうにある。
一人がその逆茂木を突破しても続くものがいなければ逆茂木の向こうにいる敵にすぐに囲まれ討ち取られてしまう。
その逆茂木を一箇所突破するのも難しそうである。
ほぼ同時に数箇所で同時突破しなければ各個撃破されるのは目に見えている。
多くの郎党を抱えているものならばとにかく、兄弟二人と数名の郎党しかいない河原兄弟が先陣を取ればそのようなことになるのが目に見えている。
河原次郎は言う。
「わしはは信じておる。鎌倉殿の事を。
あの方はわれらの働きを正しく認めて下さる。所領のことの争いもいつも分け隔てなく正しく御決済なされる。
それが鎌倉殿じゃ。
ならばわし等が命差し出して得る先陣の恩賞、それを鎌倉殿は間違いなくわし等の妻子に下されるであろう。もし何か争いが起きても正しく裁いてくださるだろう。
兄者は自ら亡き後のことを憂いてわしに生きよと言っているのであろう。だが、鎌倉殿がおられる限り兄弟共に死んでも遺される妻子のことの心配は無用のことと存じる。」
その弟の言葉に兄は深くうなづく。
「そうだな。」
と静かに答える。そして言葉を続ける。
「それに此度の御大将は蒲殿、そして軍目付は梶原殿じゃ。
蒲殿と梶原殿ならばわしらの働きを鎌倉殿に正しくお伝えしてくださるはずじゃ・・・
ならばわしもそしてお前もおらずともなんの愁いもあるまい。
次郎、わしと共に敵陣に、そしてあの世へとむかう。それでよいのじゃな。」
兄の言葉に弟の次郎は強く頷いた。
蒲殿源範頼は先の野木宮の戦いの際、自分の働きの報告は差し置いて鎌倉方に味方してた軍勢に働きを鎌倉殿源頼朝に報告した。
そのおかげで範頼自らの功績は目立たなくなったものの戦に加わった豪族たちの功績は正しく伝えられた。
そしてその報告に基づいて鎌倉殿源頼朝は功あるものに正しく恩賞を与えた。
軍目付梶原景時は先の木曽義仲との戦いにおいて、先陣、主な敵を討ち取ったものの氏名等、そして合戦の様子を的確に鎌倉に伝え
鎌倉殿から賞賛されたという。
このような人々に従っている限り安心して死ねる。自らの命を引き換えに得る恩賞は間違えなく遺される愛しきものたちに下されるであろう。
鎌倉殿源頼朝、大手大将軍源範頼、そして軍目付梶原景時への信頼が河原兄弟の先陣への決心を固めさせていた。
先陣争いは、この大手軍だけではなく西から攻め寄せる一の谷の搦手軍の中でも始まっている。
熊谷次郎直実、平山武者所季重、成田五郎などが西木戸と呼ばれる一の谷口の先陣をつとめようと決戦前夜から暗闘を始めていた。
そして、一の谷口の大将軍源義経は別働隊を引き連れ夜の山道を決死の覚悟で行軍していた。
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と弟は兄に反論した。
「兄者一人を死なせておめおめとわし一人が生き延びて恩賞を貰えるものか!」
わしも兄者と共に先陣を取る。」
「お前・・・」
兄弟は二人顔を見合わせた。
先陣を取る。これはこの戦いに挑む全ての武士の望むものといってもよい。
成功すれば莫大なる恩賞をもらえる。
しかし、この戦いにおいて先陣を取るのは命を失うことにも等しい。
敵陣は厳重にこしらえられた逆茂木の向こうにある。
一人がその逆茂木を突破しても続くものがいなければ逆茂木の向こうにいる敵にすぐに囲まれ討ち取られてしまう。
その逆茂木を一箇所突破するのも難しそうである。
ほぼ同時に数箇所で同時突破しなければ各個撃破されるのは目に見えている。
多くの郎党を抱えているものならばとにかく、兄弟二人と数名の郎党しかいない河原兄弟が先陣を取ればそのようなことになるのが目に見えている。
河原次郎は言う。
「わしはは信じておる。鎌倉殿の事を。
あの方はわれらの働きを正しく認めて下さる。所領のことの争いもいつも分け隔てなく正しく御決済なされる。
それが鎌倉殿じゃ。
ならばわし等が命差し出して得る先陣の恩賞、それを鎌倉殿は間違いなくわし等の妻子に下されるであろう。もし何か争いが起きても正しく裁いてくださるだろう。
兄者は自ら亡き後のことを憂いてわしに生きよと言っているのであろう。だが、鎌倉殿がおられる限り兄弟共に死んでも遺される妻子のことの心配は無用のことと存じる。」
その弟の言葉に兄は深くうなづく。
「そうだな。」
と静かに答える。そして言葉を続ける。
「それに此度の御大将は蒲殿、そして軍目付は梶原殿じゃ。
蒲殿と梶原殿ならばわしらの働きを鎌倉殿に正しくお伝えしてくださるはずじゃ・・・
ならばわしもそしてお前もおらずともなんの愁いもあるまい。
次郎、わしと共に敵陣に、そしてあの世へとむかう。それでよいのじゃな。」
兄の言葉に弟の次郎は強く頷いた。
蒲殿源範頼は先の野木宮の戦いの際、自分の働きの報告は差し置いて鎌倉方に味方してた軍勢に働きを鎌倉殿源頼朝に報告した。
そのおかげで範頼自らの功績は目立たなくなったものの戦に加わった豪族たちの功績は正しく伝えられた。
そしてその報告に基づいて鎌倉殿源頼朝は功あるものに正しく恩賞を与えた。
軍目付梶原景時は先の木曽義仲との戦いにおいて、先陣、主な敵を討ち取ったものの氏名等、そして合戦の様子を的確に鎌倉に伝え
鎌倉殿から賞賛されたという。
このような人々に従っている限り安心して死ねる。自らの命を引き換えに得る恩賞は間違えなく遺される愛しきものたちに下されるであろう。
鎌倉殿源頼朝、大手大将軍源範頼、そして軍目付梶原景時への信頼が河原兄弟の先陣への決心を固めさせていた。
先陣争いは、この大手軍だけではなく西から攻め寄せる一の谷の搦手軍の中でも始まっている。
熊谷次郎直実、平山武者所季重、成田五郎などが西木戸と呼ばれる一の谷口の先陣をつとめようと決戦前夜から暗闘を始めていた。
そして、一の谷口の大将軍源義経は別働隊を引き連れ夜の山道を決死の覚悟で行軍していた。
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搦手が二手に分かれて進軍しているころ、大手は生田口にさらに近づいてた。
各御家人はそれぞれ攻め入る場所を定められ、その先に進軍しやすい場所に陣取っている。
夜に入る前範頼は伝令を発した。
かがり火を多く灯すように、というのがその内容である。
明りが多く灯されることで軍勢が実際より多くあると敵に思わせる。
一方福原の生田口で鎌倉勢を待ち受ける平知盛も配下に同様の命令を発していた。
こちらもまた多くのかがり火が灯される。
実数よりも多く兵があるように感じさせて敵の心の動揺を誘う。
弓矢を交える以前に戦いは始まっていた。
やがて夜の闇があたりを支配する。
生田口を挟んで無数の火のきらめきが輝いていた。東と西で競い合うかのように炎はその光を放つ。
戦の前の戦いは味方同士の間でもすでに始まっていた。
誰が功名手柄を上げるかという戦いが・・・
その最初の戦いは誰が「先陣」を果たすかということである。
先陣とは真っ先に敵陣に到達するもののことである。
この先陣はもっとも功績があると評価され、先陣と認められたものはその後の論功行賞において最も大きな恩賞を手にすることができる。
決戦前夜、大手軍の一角で二人の兄弟が話し合っていた。
武蔵国私市党の河原太郎、次郎の兄弟である。
「郎党を沢山従えた大名は自分が戦わずとも、郎党たちが戦ってくれればそれが自分の手柄となる。
だが、われらのように郎党が少ないものたちは自分たちが戦わなくては功名をたてられぬ。」
と兄の太郎は語る。
その言葉に弟の次郎はうなづく。
「此度の戦でもそうぞ。われらが自らが働かねば功名はたてられぬ。
功名ならずは恩賞はない。
此度の戦、はるばる東国から武具兵糧をみずから携えてやってきたのだ。
恩賞なしで故郷へは帰れぬ。」
一回の戦の支度には多くの出費が伴う。しかも今回ははるばる上洛し西国にまで出陣しているのである。
出陣の期間も長く普段よりも多大なる支度が必要だった。今回の出費は莫大である。
それを補うためにも是非新たなる所領が欲しい。
「わしは、考えた。手勢の少ないわれらがどのように功名手柄を上げるのかということを。」
太郎は言う。
「先陣じゃ。先陣をとればよい。」
次郎は兄を見つめ返す。
一の谷布陣図
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各御家人はそれぞれ攻め入る場所を定められ、その先に進軍しやすい場所に陣取っている。
夜に入る前範頼は伝令を発した。
かがり火を多く灯すように、というのがその内容である。
明りが多く灯されることで軍勢が実際より多くあると敵に思わせる。
一方福原の生田口で鎌倉勢を待ち受ける平知盛も配下に同様の命令を発していた。
こちらもまた多くのかがり火が灯される。
実数よりも多く兵があるように感じさせて敵の心の動揺を誘う。
弓矢を交える以前に戦いは始まっていた。
やがて夜の闇があたりを支配する。
生田口を挟んで無数の火のきらめきが輝いていた。東と西で競い合うかのように炎はその光を放つ。
戦の前の戦いは味方同士の間でもすでに始まっていた。
誰が功名手柄を上げるかという戦いが・・・
その最初の戦いは誰が「先陣」を果たすかということである。
先陣とは真っ先に敵陣に到達するもののことである。
この先陣はもっとも功績があると評価され、先陣と認められたものはその後の論功行賞において最も大きな恩賞を手にすることができる。
決戦前夜、大手軍の一角で二人の兄弟が話し合っていた。
武蔵国私市党の河原太郎、次郎の兄弟である。
「郎党を沢山従えた大名は自分が戦わずとも、郎党たちが戦ってくれればそれが自分の手柄となる。
だが、われらのように郎党が少ないものたちは自分たちが戦わなくては功名をたてられぬ。」
と兄の太郎は語る。
その言葉に弟の次郎はうなづく。
「此度の戦でもそうぞ。われらが自らが働かねば功名はたてられぬ。
功名ならずは恩賞はない。
此度の戦、はるばる東国から武具兵糧をみずから携えてやってきたのだ。
恩賞なしで故郷へは帰れぬ。」
一回の戦の支度には多くの出費が伴う。しかも今回ははるばる上洛し西国にまで出陣しているのである。
出陣の期間も長く普段よりも多大なる支度が必要だった。今回の出費は莫大である。
それを補うためにも是非新たなる所領が欲しい。
「わしは、考えた。手勢の少ないわれらがどのように功名手柄を上げるのかということを。」
太郎は言う。
「先陣じゃ。先陣をとればよい。」
次郎は兄を見つめ返す。
一の谷布陣図
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