一の谷口も夜明けと共に戦闘が開始された。

そこでも先陣争いが起きていた。
武蔵国住人熊谷直実は先陣をとらんと前夜から敵陣に乗り込んでいた。そして夜中に先陣の名乗りを上げていたのだが敵からは応答がなく、彼の先陣を証言する味方もいないため一旦敵陣の外に出た。
平山武者所季重は成田五郎と様々な駆け引きをしながら夜明け前に敵陣の前にたどり着いた。
この熊谷、平山の両者は夜明けと共に我こそは先陣をつとめんと敵陣向かって突進していく。
前夜から先陣の名乗りを上げた熊谷直実にあきれながらも平家の武者達がこの先陣を争う二人の相手をする。
平家方の武者が出撃する為に一瞬逆茂木が開く。その僅かな刹那に平山季重が敵陣に飛び込む。

熊谷直実と平山季重の後ろからも功名手柄をたてんとはやる坂東武者たちが続々と現れる。
狭い道を掻き分けながら鎌倉方から数騎ずつ押し寄せ、迎え撃つ平家かたも名だたる勇者が少しずつ逆茂木の向こうから狭い道に現れる。
一の谷口の戦いは、横一線に双方から大勢が押し寄せる生田口の戦い方とは違い、両陣営の間を結ぶ細い道において両陣営から数十騎づつ現れ少ない人数で戦うことになる。

平家が陣を構える一の谷口と土肥実平率いる軍勢が滞在する塩屋の間にある道は生田口と違って山が海の近くまでせり出しており大勢の武者が一気に押し寄せることができない。
よってこちらは大手のように双方とも大集団で押し寄せて戦うというわけにはいかないのである。
さらにその狭い道に平家は逆茂木や櫓をたてて敵の侵入を防ごうとしている。
狭い道に矢が飛び交い山と海がすぐそばに迫る場所で源平両者が赤旗白旗をなびかせながら血みどろの戦いをしている。
こちらも鎌倉方、平家方双方譲らず互角の戦いをしばらくつづけることになる。

その様子を険しい山上から一の谷口の大将軍源義経は見つめていた。
その義経に突き従うものはわずか三十騎ほどでしかない。
道幅の狭い場所を攻めあぐねている自軍の様子を義経は静かにながめる。
けれども義経はまだ動かない。
時が来るのを待っている。
彼が当初引き連れていた別働隊の主力は現在山の中を動いている。
その別働隊の主力はやがて一の谷の平家の陣の背後に回りこむことになろう。義経はその時を待っている。

生田口、一の谷口双方は暫しの間一進一退の戦闘を続ける。
が、その二口と違う場所ではその頃大きく戦局が変わろうとしていた。

一の谷布陣図


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景時は今度は完全に我を失っていた。
「源太!」と叫びながら死に物狂いの形相で敵の中へと突っ込んでいった。
その迫力に敵も一瞬ひるんだ。
瞬間景時を通す道が出来る。
景時は息子の元へまっしぐらに進んでいった。

その息子は只一人で敵に囲まれ、兜を失いざんばら頭のみとなって必死に敵に対して抵抗していた。息子は今にも敵の手にかかりそうである。
景時はいそいでそこに駆け寄ると息子に手をかけようとする敵を次々に倒す。

「源太!」
その声の方向を息子は見上げる。
「父上!」

だが危機はまだ去っていない。
名高い梶原親子を討ち取ろうと言わんばかりに敵が多く寄せてくる。

その敵に対して立ち向かおうとする梶原父子。

だが敵は梶原父子を素通りして逆茂木の向こうへと去っていく。
やがて逆茂木は再び閉じられた。

敵の後ろから景季の弟達や梶原の郎党らが現れた。
さらに後から範頼の郎党の当麻太郎と吉見次郎が多くの手勢を率いてやってきた。
呆然を立ち尽くしている梶原父子を連れて彼等は後方へと下がっていく。

景時は大将軍源範頼の近くへ呼び戻された。

「梶原殿、なんという無茶をなさる。」
範頼は景時をたしなめた。
「面目ございませぬ。ただ、せっかく先陣をつとめた河原兄弟をみすみす見殺しにしてそのままにしておくというのは全体の戦意に関わることと思い・・・」
「それはわかるが、何ゆえに二度も敵陣へ。」
「一度目は意地を見せて戻ればよいと思っておりました。
しかしながら、敵陣に倅が残されたと知ったときは我を忘れ敵陣へ飛び込んでしまいました。
親というのは愚かなものでございまする。何があっても我が子は守ってやりたいものゆえに。」
「・・・・・・」

大将軍と軍目付がこのような問答をしている間にも敵味方両陣営から放たれる矢うなりの音が絶えない。
「とにかく河原兄弟のような無茶はもうさせぬよう伝令を出す。
敵陣に襲い掛かるときは大勢で突入せよ、と。」
範頼は軍目付に言い渡した。

その後大手軍はいくつかの集団が敵陣に近づく。
しかしその都度逆茂木とその前に流れる生田川に阻まれ、逆茂木の向こうからやってくる矢に耐えかねて撤退する。

平家の方も幾人か逆茂木を空けて鎌倉勢に襲い掛かってくるのであるが
そちらも鎌倉勢がしつらえた逆茂木に阻まれて先へ進めない。
生田口では暫くの間一進一退の戦いが繰り広げられることになる。

一の谷布陣図

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やがて寿永三年二月七日の夜が明けた。
卯の刻(午前6時頃)を迎える。
かねてから決めていた通りの矢あわせの時刻となった。
福原の東側生田では鎌倉勢、平家勢双方から矢が飛び交いあっている。

その飛び交う矢の下をくぐるように二人の男が馬にも乗らず低い姿勢で敵陣目指して走っていく。
河原太郎次郎の兄弟である。
途中河原兄弟は後ろを振り返った。
兄弟の真後ろには梶原勢がいる。軍目付梶原景時がそこにいることが分かる。
兄弟は薄ら笑いを浮かべた。これで軍目付に自分達の働きを目の当たりにしてもらえるはずである。
二人は矢の雨を潜り抜け生田川を越え、その先にある平家が設えた逆茂木によじ登りそれを乗り越えて敵の平家の陣に侵入した。
そして大声で叫ぶ。
「生田口の先陣は武蔵国住人河原太郎私市高直、同じく次郎盛直なり。
方々しかと見届けられよ。」
河原兄弟はただ二人敵陣の中へと入り込んだ。

だが、その二人につづくものはいない。
逆茂木の先は敵しかいない。
二人は散々に矢を浴びてやがて倒れ首を取られた。

その様子を梶原景時は見つめていた。
「勇ましく先陣をつとめたものを見殺しにしてしまった・・・
これは鎌倉方の名折れぞ!ものども我に続け!」
そう言うといつもの冷静さを忘れたかのように敵陣へと飛び込んでいった。

逆茂木の向こうにある平家の人々は勇み立った。
鎌倉勢大手の軍目付が自ら出陣してきたのである。
梶原平三景時の名は平家方にも知れ渡っている。
その梶原景時がこちらに向かってくる。
多くはない手勢を率いた梶原景時に向かって平家方は逆茂木を空けて大勢の軍を発動させた。
たちまちに景時らは囲まれた。

だが、景時は文武に優れた武者である。
少数の手勢を率いて大軍で襲ってくる平家の兵と暫くの間激しく戦って一歩も引けをとらない戦いをした。
飛んでくる矢、そして次々と襲い掛かる刀剣を上手くかわして敵を退ける。
だが、多勢に無勢・・・暫くたつと梶原勢の劣勢は徐々に明らかとなる。

ここで景時は急遽退却を命じる。
誰もがここしかないという見事な潮時で兵をまとめて後ろへと下がっていった。

敵から少し離れた頃景時は自分の周囲を見回した。
その時景時は異変に気が付く。
嫡子景季の姿が無いのである。
その時郎党が叫ぶ。
「源太様は未だに敵の中に!」
「なんと!」
景時は顔色を変えた。

一の谷布陣図

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