私の妻は巡回妻で、私を含めて夫が12人居た。
私の生まれた国は男性地獄で、貧乏な男は一生結婚できない社会だった。
そこで、哀れな貧乏男を集めて金を徴収し、
共同の妻になるビジネスが存在した。
共同妻には、夫たちと一緒に住むスタイルと、
私の妻のように夫たちの間を巡回するスタイルの二種類があった。
巡回のほうが夫の数が多かったから、
世間では巡回のほうを格下とみなしていた。
妻と交わした契約書では夫たちの払う金は、すべて平等ということになっていたが、
どうも男の顔スタイル次第で不公平があり、
なかには全然払っていない男、
逆に金をもらっている男もいるのではないかという噂だった。
契約書には12人の男の住所氏名が全て書かれていたが、
これには嘘はなさそうだった。
男同士が連絡することは禁止だったが、虚偽の名前を
書くことも禁止されていた。
巡回妻は1カ月に一度は夫を訪問することになっていたが、
これも忠実に守られていた。
しかし、部屋で飯を食って帰るだけで、
お泊りの義務はないことになっていた。
その食事の支度は、夫がしなければならないことになっていた。
巡回妻の来る日は部屋の掃除をしたり、食事の支度をしたり、
夫のほうは大変だった。
私の妻は、いつも部屋のなかを見回して、
「汚い、汚い、よくこんな部屋で生きていられるわね」と不平を言った。
不平を言うだけで掃除はしてくれなかった。
私の妻は、私の作った料理を食べながら、
「いつまでたってもあなた料理がうまくならないわね、
料理の本でも読んで、ちょっとは勉強したらどうなの?」
と不平を言った。
不平を言うだけで料理はしてくれなかった。
お茶も沸かしてくれなかった。
「わたし、海老は嫌いって言ったでしょ!」と吐き捨てるように言って、
料理のなかから海老をつまみ出して、テーブルの上に並べたりした。
食事が終ると「じゃ、わたし、他に行くところがあるから帰る」
さっさと部屋を出て行くのだった。
傍に近づこうとすると、「気持ち悪いわね、近寄らないでよ!」
と顔をしかめて怒鳴った。
そんな妻なら、いないほうがましだったのだが、
たったひとつだけいいところがあった。
私には仕事の都合で、
どうしても夫婦同伴で出席しなければならない会合があった。
妻でなくても愛人でも構わないのだが、
ともかく同居している女性が同伴しなければならない会合だった。
完全な独身なら一挙に信用を無くし、
「無妻階級を相手にできない、出て行ってくれ」
と、みんなの態度が一変する会合だった。
そんな時には巡回妻に電話するのだが、
その時だけは、私の妻はいやな顔ひとつせずスケジュールを合わせてくれた。
そして会合の席ではそつなく私の妻としての役割を果たしてくれた。
ほかの御婦人がたに巡回妻であることがばれるようなヘマはしなかった。
他人の目には、かいがいしく夫の世話をする良き奥さんにしか見えなかった。
ある日、会合の終りに、「今日はありがとう」と言うと、
妻は口ごもって「あのー、契約料金のことだけど…」と言った。
「なんだ値上げか?」
「いえ、今度だけ期日前に払ってほしいの。急にお金が要ることがあって…」
「じゃ、明日、銀行から振り込んでおくよ」
「ごめんなさい」と妻はうつむいて言った。
12人の男から金をかき集めて、
やっと他の女一人分の幸せしか掴めない妻は、
この国では不幸な女なのだった。