「やってきた」というと、どこからか連れられてきたようだが。
実際には、お腹の中から出した、のだが・・・
でも、実感としては、「やってきた」という感じ。
妊婦健診では3Dやらエコーで、お腹の中に赤ちゃんがいることは何度も見ているはずで、
また20週あたりから胎動もあり、妊娠後期にはボコボコと動いていた。
お腹の中に赤ちゃんがいるのだ、と頭ではわかっていても
どこか心のなかでは、本当にいるのかな?ほんとかな?
という疑問が残っていたのだと思う。
だから、オペ室で赤ちゃんと対面したとき、
『この子がお腹の中にいたのか。そうか、この子が』とやっと、心から納得した。
赤ちゃんは小さかった。
出生体重は2500g。
生産期入ってすぐの出産だったこともあり、なんとかギリギリの体重。
それでも、すごく元気だったらしく、オペ室で小児科の先生から「元気な赤ちゃんやなあ」と言われていた、らしい、とまた聞きした。
帝王切開のため、出産後も私は点滴と尿管が接続されていて、また下半身麻酔がきいていたこともあって
赤ちゃんが生まれたといっても、一人、病室で、それこそ寝返りのできない赤ちゃんのようにじっと横になっていた。
徹夜していたわけだが、興奮状態にあるせいか眠気はこなかった。
かけつけてくれた母が
「母子ともに無事でなによりよかった」と言ってくれて素直に嬉しかった。
ネットでは、出産のプロセスに固執する方がおられるようだが、
出産において、母子ともに無事であること、
それ以上のものはないと思う。
おっとりがたなで来た旦那様も同じことを言ってくれて、ホッとした。
母も旦那様も帰って、病室で一人じっと横たわっていると
赤ちゃんに会いたいなあ、とういう気持ちと、
いやいや、病院にいる間は一人でゆっくりできる唯一の機会やで、
退院したら嫌でもずっと一緒なんやで、と自分にいいきかせたりしていた。
手術後6時間が経過して、ようやく水分だけは取れるようになって
お水をゴクゴクと飲んだら、少しほっとしてうっすらと眠気がやってきた。
少しだけ寝たところで、看護婦さんに連れられて、私の病室に赤ちゃんがやってきた。
すやすやと眠る赤ちゃんが、これまた身動きできずに横たわっている私のかたわらにそっと置かれた。
可愛かった。
小さかった。
紅葉の手、というけれど今まで見た本当の紅葉よりもずっと小さいと思った。
「赤ちゃんは、お母さんのそばにくると寝ちゃうからなあ」
という看護婦さんの言葉通り、私の横にいる間、ずっと眠っていた。
そんな赤ちゃんを見て、触れて、とても幸せな時間だった。