★【カタカムナ 生命の神業56 神業はカミの力④】

★このブログは2023.8.8にyoutube配信した内容をそのまま まとめたものです★
 

こんにちは! ゆかりです
今回は【カタカムナ 生命の神業56 神業はカミの力④】です

大野朝行さんの書籍
「カタカムナで直感する 神人一体の合氣」これと
私の考察も含めてお話しさせていただきます。

項目
1 人に与えられている一霊四魂三元八力
2 十種の神宝は身の内に与えられている
3 ヒフミヨイムナヤコトは言魂
4 気持ちが入らなければ言魂にならない
5 細胞のアマナはココロウケハシ

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1. 人に与えられている一霊四魂三元八力 

合気神髄p167

「大宇宙科学のうちに、人もまた一霊三元八力
与えられており、この世界の完成に我らはまた、
万類の代表となり、経綸の主体となって止まること
なし。……しかして己が一霊四魂三元八力の姿態を
持って、清浄に融通無碍に緒結びをなし、
宇宙の内外に魂を育成し邁進すべし」

ここまでなんですが、大野さんは

人には一霊四魂という神の力が与えられており、その力
を働かせて宇宙の仕組みを、この世に移すことに協力
することが大切です。
これは、カタカムナでいうところのアマ・カムのチカラ
やその仕組みのことになります。

カタカムナ人はこうしたアマ・カムのチカラやその
仕組みを明らかにしてくれました。私たちはその真意を
汲み取り、日々それを生かして、神の作り出した仕組み
に良い結果を出すことこそが神の願いでしょう。そんな
気持ちを持つことが、カタカムナや合気神髄の教えな
のです。


「緒結びをなし」とは、オホカムツミとのムスビのこと
でしょう。
オ(六方環境にあって) ホ(正反親和重合)する
カム(宇宙に存在する生命の根源)の
ツ(一つ一つ)の ミ(実質)とのムスビをなすこと。

そうして、
タカミムスヒ(生命体の発生)と
カムミムスヒ(生命力の発生)を盛んにして、
魂つまりアマナを育成することでしょう。



私たちは、神の力が与えられているんです。
だから、「人は神の経綸の主体となること」
経綸て、国家を治めととのえること なんです。

そして、一霊四魂は精神の部分、三元八力は肉体の
部分です。それを持って自由にムスビをおこして
宇宙の内外に魂を育成して邁進しなさい。って言って
いるんです。なんか、崇高でしょ!
そういうことができるんですよ、私たちには。


(羽化したばかりのアブラゼミが可愛い😊)


2. 十種の神宝は身の内に与えられている 
(言魂の力)

このことは合気神髄p71に次のような言葉があります。

「自分が天御中主となって、一霊四魂三元八力の
御姿御振舞いを完成します。これに同化して宇宙の
大神様の目的に向かってご奉仕するのであります。
十種の神宝も、三種の神器もみな吾人の身の内に
与えられてあります。

これを生命の動きとして取り出して自由に使わなけれ
ばなりません。……
一つの声でも四元(気流柔剛ウの働き)に結ばれて
一つの力を現わします。それによってすべての本を
生み出すことになります。千種の生みの親となること
になります」

ここまでなんですが、この中に
「一つの声でも千種の生みの親となります」
とありますが。


声は、力んで発生すると、騒音になりかねません。
静かに心を込めて、言魂になるように発音すること
です。ここが日本の素晴らしさです。
縄文時代が微生物、動植物に恵まれていたのは、
ひとつの声がそれら千種の生みの親になったからと
考えられます。外国の言葉では、こうはいきません。


だからね例えば、ウーーーっていうふうにウの音を
発すると、ウは現象界と潜象界の界面にある音だから
「生み出す」という意味があるんです。
だからね、凄いの実は。日本語の凄さなんです。
では次です。
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人の身の内に与えられている十種の神宝については、
龍神祝詞というのがあるんです。読みます。


「高天原に坐しまして天と地に御働きを現し給う龍王
は、大宇宙根源の御祖の御使いにして一切を産み一切
を育て、萬物を御支配あらせ給う王神なれば、一二三
四五六七八九十の十種の御寶を己がすがたと變じ給い、
自由自在に天界地界人界を治め給う、龍王神なるを
尊み敬いて、

眞の六根一筋に御仕え申すことの由を受引き給いて
愚かなる心の数々を戒め給いて、萬物の病災をも
立所に祓い清め給ひ萬世界も御親のもとに治めせしめ
給へと、祈願奉ることの由をきこしめして、六根の内
に念じ申す大願を成就なさしめ給えと恐み恐み白す」

ここまでです、龍神祝詞。

この龍神の働きは、私たち一人一人に坐しますアマノ
ミナカヌシの神の働きと同じように思えます。
「六根」とは仏教用語の「眼耳鼻舌身意」のことで
「眼耳鼻舌身」までが五感、「意」は第六感の働き
なので、神と繋がった働きと認識しています。
第六感は神から与えられる指示なのです。


この第六感はココロウケハシ(アマナ)で受けます。
時によってはそれを脳に伝えて言語化もします。
このように、私たちには萬物の病災をも立所に祓い清め
る神の力が与えられてるということなのです。
なので、それを支障なく発揮させたいものです。


アマノミナカヌシの神は、
カムウツシ(生命力、イキココロの給与)
アマウツシ(生命体、ミノシロの給与)と、他にも
体の中のあらゆる不思議な働きを起こしています。

例えば、赤血球は細胞の中に共生するミトコンドリア
(好氣性細菌)に酸素を運びますが、
赤血球自体はブドウ糖を食しています。

他にも結球やリンパ球は、様々な免疫機能の働きを
することで、イキツチノワ(生きている細胞の協調)
に支障のないように活動していることなど、
挙げていったら たくさんあり過ぎて数えきれません。


体の中では、生まれては死に、生まれては死にの
生滅の奇妙な働きが見事になされているのですが、
この働きを弱める要因が、心身内外の環境です。

これを守るのが玉垣(精神のあり方)です。
常に生み出される細胞は、今の質と環境に応じて
性質が変わります。
そこで玉垣を良くしていけば、イマイマに
タチ(性質)を良くしていくことができるのです。
精神のあり方をマノスベにしておくということですね。

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3. ヒフミヨイムナヤコトは言魂

一二三四五六七八九十の十種の御寶とありましたが、
ヒフミヨイムナヤコトの言葉には言魂の力があります。
これが、イチ、ニー、サン、シー、ゴー、ロク、シチ、
ハチ、クー、ジュウでは、言魂の力(神の力)は
ありません。

言魂の力を持っているこの数え方を、
今の子どもたちは知りません。
昔はお風呂に入って温まって十数えたら出ていいよ。
と言われて、親と一緒にヒフミヨイムナヤコトと
ゆっくり数えたり、

少女たちが おはじきという
平べったいガラスでできた玩具があって、指ではじい
て当てて取り合う遊びですが、そのおはじきを数える
ときにヒフミヨ~と数えて覚えたものだったのです。
言魂の力は、細胞の心にも働きかけます。

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4. 気持ちが入らなければ言魂にならない

「カタカムナ ウタ 80首」に出てくる言葉は、
すべて、言魂の力があります。
しかし、外国の言葉には言魂の力はありません。

日本の言葉でも、「暖かい」「嬉しい」「心地良い」
「おいしい」「楽しい」「ありがとう」……。
これらは氣持ちを表す言葉ですから、
その氣持ちの量によって言魂になります。


これらの言葉は「暖かさ」「嬉しさ」「心地良さ」
「おいしさ」「楽しさ」「優しさ」「ありがたさ」と
氣持ちに サ(差)がでますから、サが多ければ、
涙ぐむような心の振動さえも生まれます。
氣持ちが少なければ言魂にはなりません。
「氣持ちの入るあり方が、ミをいれて」なのです。

ここ重要ですよね。
「氣持ちの入るあり方が、ミをいれて」なのです
というところ。

その点、カタカムナの言葉は、自然に言魂の力を発揮
しますから不思議です。神の言葉なのですね。
「古事記」でそれらの言葉が御神名となっているのは、
それが分かっていたからでしょう。
要するに、
意味が分からなくても、言魂の力を発揮すること。


「神様ありがとうございます」これも、ありがたさの
氣持ちが多く入れば言魂になります。

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5. 細胞のアマナはココロウケハシ

アマナにはココロウケハシという働きもあります。
ココロ(極微粒子)を受け入れる始端であり、橋渡し
をするところという意味です。「氣はココロ」と言い
ますが、イノチにとって良いココロを受け取れば、
「癒される」「心地良い」「緩む」「愛でる」といった
感覚が生じます。

ココロは頭脳で受け取るのではありません。
細胞のアマナで受け取るのです。
ですから、アマナを持つすべての動物、植物、微生物、
岩にもココロ(心、氣)が伝わるのです。

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今回の項目内容はここまでになります。


でね、今 感じていることと、大野さんから
学ばせて頂いてみなさんにお伝えしたいこと
をちょっとだけ、お話させてください。

合氣神髄もカタカムナの神業も神から与えられた
次元上昇への道しるべかなって思います。

そしてよく大野さんは、カタカムナは頭脳で
理解しても意味がないよって、体感しなきゃってね。

今はインターネットを通して様々なことを知ることが
できますよね。知識をいくら増やしても魂の成長には
役立たないよって。

知るということの本来は、体で分かること。
ありふれたことを体験するんじゃなくて、未知のこと、
本物をどれだけ体験するかが、私たちの目的なんだよ、
ってね。大野さん教えてくれました。
とってもとっても感謝しています。


今日はここまでです

参考書籍等につきましては、説明欄に
貼り付けてますので、よろしければ参考に
されてください。

最後までご視聴ありがとうございます
モロカゲサチ~(^^♪

 

ではまた