MATCH52 J | 櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

櫻の妄想小説置き場【可塑的かそてき】

【可塑的かそ・てき】思うように物の形をつくれること。 塑造できること。
主にラブイチャ系よりは切ないネガ多めです。
※このブログにある物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

あーあ、スタミナなくなっちゃった。

そう言うとにのはスマホをポケットにしまった。
 
「驚いた?」
「…へ?」
 
にのはいつもみたく口角をくるんっと上げてにっこり。
でも目は笑っていないようにも見える。
 
「そりゃ、驚いた…けど、」
「言うつもりなかったんだけどね。あまりにも潤くんがフラフラするから」
「フラフラって」
「してんじゃない。ほら、それだって」
 
さっきからにのに咎められてんのは、俺が見ていたアプリが原因で。
そういえばそうだ。
確かに俺も…、佐倉井さんがタバコを吸いながらこのアプリを眺めていたのを見た時…ショックだった。
 
「見てただけで、別にどうこうしようなんて思ってたわけじゃ…」
 
本当にそう?
俺はきっとまだ佐倉井さんを諦めきれてないんじゃない?
まぁが必要なのは頭では分かってる。
だけどいつまでもこのままでいいとも思っていない。
まるで雛が親元から必死に飛び立とうとするみたいに、俺もまぁから離れなきゃって…きっとずっとそう思い続けてる。
 
「なんで?まぁのことが好きなら、俺が他の誰かのものになった方がにのにとっては嬉しいことなんじゃないの?」
「だから…、さっきも言ったでしょうに」
 
にのは呆れたように俺を見た。
 
「俺は相澤さんの傷つく姿を見たくない。ただそれだけ」
 
それってさ。
もしにのが俺の立場だったら、佐倉井さんとサエのことを応援する、むしろ協力するってことだよな?
なにそれ、まさか究極の愛のつもりかよ。
俺にはそんな菩薩みたいな考え方…納得いかない。
 
つか…あぁーもう!
せっかく佐倉井さんとのことを忘れようとしてんのにすぐこれだ。
ちょこっとめくれたそれを摘まんだら、芋づる式に想いが溢れ出ちまう。
セフレになってと頼んで、いいよと返事をもらったあの夜のことまで…簡単に思い出してしまう。
 
もう終わったんだ。
終わらせた。
もう二度と。
二度と会わないとそう決めた。
 
 
***
 
 
「和也いるかー?」
 
そんな時だった。
そう言って部屋に入ってきたのは、
 
「岡ちゃん!」
「だーれが岡ちゃんだ、ちゃんと社長って呼べっていつも言ってんだろーが」
 
彼が俺らが所属するモデル事務所の岡谷社長。
 
「お、潤もいたのか、ちょうど良かった」
 
その手にはピラピラと音を立てる一枚の紙。
きっと仕事の依頼書かなんかだろう。
それにしても、社長直々とは珍しい。
 
「出会い系アプリの広告モデル、やるか?」
「え、また?」
 
社長はふふっと嬉しそうにニヤけると、
 
「こないだの仕事の続編だ。おまえらの広告の効果で、あのアプリの功績がめちゃくちゃ上がってんだと。だから次の広告もおまえらでお願いしたいって先方からの依頼だ」
 
なんだ、やけに社長の機嫌がいいのはこういうことだったのか。
 
「ほんとおまえらよくやってくれたよ」
 
そう言って社長は、俺とにのの頭をなでてくれたけど、
 
「そんなよしよしとかいらないから、お金ちょうだいよ。成果に見合った分」
 
とか余計なことを言ったにのはデコピンをくらい、額を抑えてしゃがみ込んだ。
っつか、にののあざと可愛さが効かない人間もいるんだな。
 
「とにかく!二人ともこの仕事受けんのか?受けないのか?どっちなんだい?」
「やるやる!もちろんスタイリストも変更なしだよね?」
「それは相澤に聞いてみなきゃ分かんねぇ。潤は?どうする?」
「俺…は…、」
 
どうしよう、迷ってる。
だってこの仕事を受けたら、また佐倉井さんと一緒に仕事するってことだろ。
彼とはもう会わないって決めたのに、なんでまた仕事の依頼なんて…。
もう一度あの人に会ってしまったら俺、自分がどうなってしまうか分からない。
 
「潤?」
 
どうしよう。
どうしよう。
 
「なんだ潤、顔色悪いぞ。そんなに嫌なら潤はやらないにしとくか」
「まっ…て…、」
「ん?」
 
違う。
嫌なんじゃない。
そうじゃなくて。
 
「俺も…やる…、」
 
声が震えてる。
だけど社長はそんなことには気が付いてないらしく、詳細は後でメールしとくからと言ってご機嫌で部屋を出ていった。