☆鬼伝説が残る北関東の片隅の不思議な石の町の神社☆
場所・ 群馬県藤岡市鬼石722−1
創建・ 不詳 江戸時代には記録あり(1703)
竣工・ 古め
構造・ 木造流れ造り 石造神明系鳥居
祭神・ 磐筒男命 伊邪那岐命 伊邪那美命
社務所・
最終訪問・ 2023.01
群馬県南西部、藤岡市の中心市街地から10キロほどにある鬼石町にある神社です
埼玉県との県境の神流川の西側、鬼石町の中央部西側に境内があります
鬼石町 山のあるのどかな町
この地は名前からしても石の産地で、第61回伊勢神宮式年遷宮の際に当地の三波石(さんなみいし)が皇大神宮大御前石階の改修に用いられたそうです
この「おにし」という地名は、上野からつながる街道の最終「尾西」にあるからとか、この神社の本殿の下にある鬼が投げたという石があるから「鬼石」という説もあるそうです
参道は階段 石屋さんが周辺に多い
このときに寄ったストリートピアノのある「情報センターおにし」の「おにCAFE」には、石関係の業者のおじさんたち5人衆に会うことができ町にも石屋さんが多く、石の町ということを感じられました
周辺はのどかな山間の町で、1月でもとても天気がよく温かい素敵な町で、おじさんたちいわく「ここは群馬でも雪が降らないんだよ」とのことで、新潟の私に教えてくれました
群馬でも埼玉県境のかなり南の群馬ですもんね、東京にも近いしいいなあ
(群馬県は北部は豪雪地でスキー場もあるし差が大きい)
鳥居
神社の話に戻すと、創建は不詳で、江戸時代には鬼石明神と称し、元禄16年(1703)宣旨をもって正一位を授けられ、明治になって鬼石神社と改称し、郷社に列せられました
当社には石棒2点、凹み石1点が保管されており、神体石である本殿床下の鬼石を、「日本の神々」では自然崇拝に基づく石神で、いわゆる「神籠石」であろうとして祭祀の起源は縄文時代までさかのぼれるのではないかと記しています
境内 こじんまりとしている
その鬼石は直径120センチほど、地上90センチ、地下は不量、つまり地下の深さは確認されていません
当社の鬼伝説について江戸時代の文献に以下の記述があります
御荷鉾(みかほ)山(標高1246m)の頂きに鬼が住み、村人に害をなしていましたが弘法大師に調伏され、巨石を投げて逃げ去りました
その巨石が落ちたところが鬼石で、その石が今も村中にあります
神楽殿 群馬らしく派手な意匠
また、大同の頃、御荷鉾山に伊勢国鈴鹿山の鬼神の子孫である2鬼が住み里人を大いに悩ませていました
修行の途中立ち寄った弘法大師が阿毘遮蘆の護摩を焚かれたところ、鬼たちはいたく感じ石になりました
その石が遥かに飛んで神流川のあたりに留まりました
その地を鬼石村と号し、その精霊を祀って鬼石大明神としました(日本人はそういうところがありますよね、敗者を悼むというか、祟りが怖いのか)
また、鬼石大明神は平親王(将門か)の公達を祀ると言い伝えられ、当地は平将門の宮女の潜居の地でもあると伝えられています
境内の後方には長屋状に祀られた境内社があり、疱瘡神、神虫除神神社、菅原神社、金刀比羅大神社、春日大神、天照皇大神、八幡大神、稲荷大神、秋葉神社、猿田彦大神、三峰大神とあります
狛犬
また、境内左手にも特別に祀られている稲荷社のようなものあり
*
とても不思議な伝説の残る関東の町で、周辺は八塩温泉などがあり橋を渡るとすぐに埼玉県ですが、とてものどかな田舎町でした
藤岡市内には2度来たことがありますが、この合併をして藤岡市になったであろう鬼石町に来るのは初めて
温泉好きの方の記事などでこの辺の温泉は見たことがありますが町の方には触れていないので、わかりませんでした
拝殿 境内社
今回は、この町の中にあるストピを弾くということで来てみましたが、2年前に藤岡市の神社巡りの際にも来たかったのですが中心市街地から10キロあり、時間がなくて諦めました
しかしその後にピアノで行くことなり、また呼んでいただいたという不思議なご縁のある神社様でした
一応ピアノを演奏してから行ったので、奉納のピアノ(雅楽・神楽演奏的な)ということで
向拝
当日は1月でもとても青空で温かく最高の天気で、こちらの冬はこれが普通というのが新潟県民にはとてもうらやましい町でした
さて、「情報センターおにし」で出会った町の方にも教わったこの辺の方が初詣に行くという神社のうちの1つ
拝殿 背後が本殿
こちらは埼玉県側の「かなさな神社」様よりひっそりとしてこじんまりとした街の鎮守様で、誰もいませんでした
町を見下ろす高台にあり、鬼石町の全景を見ることができました
神社の正面に見える山が話に出てくる「御荷鉾山」でしょうか(違うそうです)
この山にしばしば鬼が住みついて町の人を苦しめたそうですが、それって結局は人間で悪い豪族や山賊だったのでは
扁額 大正13年10月のものだがきれい
それを伝説の男の弘法大師一行が成敗したという、よくある伝説かな
全国各地にも鬼伝説はあり、結局は正体は人間だったり外国人、渡来人ですもんね
ここもそういった感じかも知れません
それにしても実際に鬼石が現在も見れるというのは珍しいですよね
私も町の方に伺ったので、その石とやらを見ることができました
ご神体ということなのでしょうね
「イワクラ信仰」な感じで、もしかしたら縄文時代からの聖なる石かも知れないですね
境内はそこまで広くはないですが、カラフルな群馬らしい神楽殿、立派な流れ造りの拝殿、彫刻の素晴らしい本殿、境内社など充実しています
平家が逃げてきた、ということも鬼伝説と関係あるかも知れませんね(群馬はみなかみ町の藤原にも平家伝説あり)
本殿 彫刻がすごいのよ
祭神は「磐筒男命」で、祭神の伊邪那美命(祖母)が火の神「家具土命」を出産した際に火傷を負ってしまい亡くなったので「家具土命」は伊邪那岐命(祖父)に剣で斬られてしまいます
その際に飛び散った血から生まれた神様が「磐筒男命」だそうです(やはり鬼石があるので岩の神かな)
あとは中央の伊勢神宮系のメジャーな伊邪那岐命・伊邪那美命の夫婦神様で、親子3代ですね(2代目不在)
これが神明系の鳥居と式年遷宮の際に名産の石を奉納したということかも知れません
本殿 彫刻で覆われる
それにしても現代のアニメ「鬼滅の刃」でも石が出てきていたので、鬼ブームの際はここは注目されたのか、されなかったのか
まあ、そんな一時的なものは関係なくこの神社は悠久の歴史をこれからも刻んでいくのでしょうね
これからもこの丘の上から鬼さんに里の人々を見守ってほしいですね
なかなか、観光ではなく温泉で来ることはあるかもしれないので、その際に参拝されてみてはいかがでしょうか
本殿 この下に鬼石があり隙間から見える
素敵な町の方と出会えて、不思議な鬼伝説のある里で、なかなか面白い町でした
鬼・神社・石好きの方にもおススメです♪