「お母さん、手術受けようと思う」
クニコがそう言ったのは、
たんの吸引が始まってしばらくした時のことだった。
病院が嫌いで白衣が嫌いで、歯医者が白衣を着ているだけで、
ぶるぶる震えちゃうくらいイヤなのに、
まさかそんなセリフがクニコの口から出てくるとは…
本人曰く「もう、こんなに何もできなくなっちゃうんだったら
どうなるかはわからないけれど、手術受けて
少しでも動けるようになるほうがいいと思ったの」。
破れかぶれ? と思わなくもないが、ツラかったんだよね、よっぽど。
「全面的に協力する。一緒にがんばろう。
あのね、お母さん一人で病気に振り回されてると思ってるでしょ?
それ、全然違うんだから。わたしたちも十分に振り回されてるの。
一人ぼっちだなんて思わないように。
どうなっても一緒に振り回されるから大丈夫だよ」と
クニコを励ましてるんだかなんなんだかよくわからないけど、
とにかく一人じゃないんだぞ、と何度も繰り返した。
いきなりの急展開である。
まず、転院。それまでかかっていた病院に手術例はない。
だから新しい病院を受診し、手術を受けることになった。
実際問題、担当医は…コミュニケーションがうまくとれず、
説明もよくわからないし、ツッコミを入れようものならムッとするし、
本当にラチがあかなくて弱っていた。
手術を勧めてきたのは彼だけれど、「じゃ、どこの病院がいいんでしょう?」
なんて聞こうものなら、手術経験のある病院を複数挙げてくる。
しかも、どこがどう違って、なぜいいかがきちんと説明できない。
知ってる病院の名前を挙げてるだけじゃないの?
説明できないなら複数挙げるな!と内心、ツッコミを入れていた。
病院のことだけではない。術後の経過とか、経験者の話とか、
そんな情報もまるでもってないのだ。こちらが尋ねて言えたのは、
その病院にいる医師の名前だけ。まったくもって、トホホである。
仕方がない。あてにしてもムダだ。自分で調べようっと。
インターネットってものがあって本当によかった。
医者が口にした病院を片っ端からネットで検索し、
公開されている情報を読み、病院の評判を探し当て……
結局、転院先に決めたのは一番アクセスのいい病院だった。
医者が一番にあげた病院でなおかつ医師の名前も言えたこと、
術例が豊富そうなこと、専門の病院であること、
さらに家族にとって通院がしやすいというのは大きな決め手となった。
でも、一つ難点があった。
どうやら手術まで数カ月先までかかりそうだってこと。
はっきり言って、そんなに待ってられない。
何しろクニコに、あのたんの吸引を繰り返させたくない。
イヤな思いは少ない方がいい。
担当医に何とかしてねじこんでもらえないだろうか。
…ココは医者のプッシュをもらうことにしよう。
転院したいとこちらが言うだけではだめで、
医師の紹介とさらにはプッシュが必要なんである。
でも、担当医は、もう10年以上、クニコの主治医なわけである。
どうにかしたいと思ったからこそ手術を勧めたはずだ。
それを信じて、わたしは頭を下げることにした。
「先生、先日、あげてくださった○○病院ですが、
とてもよさそうなところだとわかったので、
ぜひあちらでお世話になりたいと思ったのですが、
どうも手術まで数カ月待たされるようなんです。
先生のお勧めもありましたし、本人の気持にも応えてやりたいんですが、
それだと本人にツライ思いをさせる時間が長くなりますし、
どうしたものかと思いまして…」
「あ、じゃあ、ちょっと聞いてみますね」
(!?!?!?…)
彼はやおら携帯電話を取り出して、どこかに電話し始めた。
「あ、○○病院の○○ですが、○○先生ですか。
あのですね、こちらでかかってる患者さんで先生のところで
手術をお考えなんですが、一説によると数カ月かかるという話で
そのあたりどうなんでしょうか」
(えっ? 直接聞いちゃうの? それを? …考えられねーっ)
「いま聞いてみましたけどね、そんなに時間かからないそうですよ」
「(ひゃー…しばし絶句)あ、ありがとうございます。
それではさっそく受診させようと思いますので、
先生、紹介状のご準備をぜひお願いいたします」
…あ、あっけねえっ!
まずは第一関門突破。
次は受診までどうするか、なんだけれど、それはまた次の話。