久しぶりにブログを再開することにしました。

去年、クニコは手術を受けました。
本当はその手術の顛末やらその前後に起きた諸々のことを
書こうとしていたのですが、結局、アップするにはいたらず。
とはいえ何もなかったわけではなく、いろいろありました。

さて、実は今年、クニコの個展をやることにしました。
そのことを、まずは書いていこうと思います。

どんな1年になるか、結構、楽しみだったりします。
わが家は、母クニコ、妹、わたしの3人家族だ。
一般的には親世代の家族だ。
だけどわたしは最近、こんなふうに思っている。

 わたし=ダンナ
 妹  =ヨメ
 クニコ=大きなコドモ

図式をもう少し詳しくするとこうなる。

 わたし=ダンナ=働いてメシのタネを稼ぐ人
 妹  =ヨメ =家事とケアをする人
 クニコ=コドモ=ケアの対象となる人

で、これを社会学的にいえばこうなる。

 わたし=ダンナ=働いてメシのタネを稼ぐ人=生産担当
 妹  =ヨメ =家事とケアをする人   =再生産担当
 クニコ=コドモ=ケアの対象となる人


一般的には、というか通常、「稼ぎ手=男」「家事の担い手=女」
という図式で考えられている。役割と性別が関連する根拠と
言えば言えるのは社会通念くらいのもので、あとは特にない。
「そのほうが男にとって都合がよかった」というだけのことだ。

でも、ひとたび家族に病人を抱えると
男女の区別や役割など、一気に崩壊する。
性別と役割が一致しなくなる。
だれかが稼ぎ、だれかが家事をする。
その役割は入れ替わり立ち替わる。
これは裏を返せば、
だれもが稼ぎ、だれもが家事できる、という交代可能な状況が、
最もリスクヘッジに対応するフォーメーションだってことだ。

役割と性別が崩壊するチャンスには、実は病人の世話以外もある。
それは子育て。どちらも「人の世話」ということが共通する。
「子どもを産んだことのないオマエが能書きを言うな」
と叱られそうだけど、世の働く母親を見聞きするにつけ、
フェミニズムを標榜しなくたって
「ダンナってヤツは…」と思わずにいられない。
ヨメが働くならアンタも家事しなよ、と思ってしまう。

そもそも「一家を支える」「家庭を守る」なんてのは、
稼ぎ手だけが言うことなんかじゃなく、
家事の担い手だって一家を支えてるし、家庭を守ってる。
「家族を養う」という表現があるけれど、
ヨメがご飯を作るならそれはむしろ
「養われている」と言っていいんじゃないかとさえ思う。
両者に優劣などなく、どちらも生きていくには大切なこと。
それを特に稼ぎ手こそ肝に銘じなきゃいけないんじゃないか。

…なーんて。これ、自分に言い聞かせている話。
でもねー、わが家のフォーメーションがはっきりしてくるにつけ
(わたし、かなりいいダンナだ!)と思うのだ。
…ダメっすかねー、これ?
事務処理って、あんまり好んでやるたぐいの作業ではない気がする。
おそらく頭のいい、お勉強がよくできる人だって、
えいやっ!と思わないとサクサク進むようなことではないのかも。
なぜそんなことを思ったのかといえば、医者の書く紹介状である。

ものの10分あれば十分に書き終えられる内容だと思うが、
病院の文書窓口にはご丁寧に「2週間ほどお時間をいただきます」
という注意書きが添えられている。

この紹介状は、大学病院など、高度医療を提供する
(と定義された)医療機関を受診する際には必要になる書類だ。
これがないと、めざす医者に診てもらうまで時間がかかるだけでなく、
何しろ初診料が高くつく。
でも、書類1枚で診療費が変わるなんて、なんだか解せない。
それなら書類1枚よりも前の病院でのカルテのコピーの方が
よっぽど次の診療に役立つのではないかと思ってしまうのは、
わたしが素人だからでしょうか。

まあ、そんなことをぶつぶつ言っても仕方がないので、
紹介状の申請をします。そんでもってこっそりと
病院内の関係者にヒアリングしてみると…

「ああ、○○先生、書類あがってくるの
 院内でも1、2を争うくらい遅いから、気をつけてね」

なんだとー!(怒)
そんなのは、文書課の仕事だろ!
なぜ患者とその家族が請求せにゃならん!
医師の書類提出ランキングでもつくって、
文書受付に一覧を張り出して
患者に注意を促すと同時に、院内の会議で問題にすべきだ!
医者のコミュニケーション能力だけでなく
事務処理の遅さまで患者と家族におっかぶせるんじゃねえ!

…ええ、もちろん、そんなこと、医者には言いませんよ。
病院関係者にも「あ、気をつけます」と返事しただけです。

担当医には、〆切から伝えることにしました。
「あ、先生、○○の家族の者ですけれども、
 おかげさまで○月×日に診察いただけることになりました。
 ありがとうございます。
 それで紹介状をもってくるように、ということでしたので、
 前日までにご準備いただけますでしょうか。
 お忙しいところにお手間をおかけして
 申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」

結局、「泣き濡れる家族」を演じるのが一番効くようです。

それにしても…
書類書く時間って、診察時間に含めてもらえませんかね。
そしたらその場でもらえてあとあと病院に行く手間も省けるし、
その場ですべて解決するわけだから、会計だって一度で済む。
医者だって気の重い時間を残さなくて済むわけで。
いいこと尽くめだと思うんですがねー。
電子カルテのネットワークができれば、これも解決するんだろうか、
とふと疑問に思ったのでした。

患者と家族については、また別の回で視点を変えて書こうと思います。
「お母さん、手術受けようと思う」

クニコがそう言ったのは、
たんの吸引が始まってしばらくした時のことだった。
病院が嫌いで白衣が嫌いで、歯医者が白衣を着ているだけで、
ぶるぶる震えちゃうくらいイヤなのに、
まさかそんなセリフがクニコの口から出てくるとは…
本人曰く「もう、こんなに何もできなくなっちゃうんだったら
どうなるかはわからないけれど、手術受けて
少しでも動けるようになるほうがいいと思ったの」。
破れかぶれ? と思わなくもないが、ツラかったんだよね、よっぽど。

「全面的に協力する。一緒にがんばろう。
あのね、お母さん一人で病気に振り回されてると思ってるでしょ?
それ、全然違うんだから。わたしたちも十分に振り回されてるの。
一人ぼっちだなんて思わないように。
どうなっても一緒に振り回されるから大丈夫だよ」と
クニコを励ましてるんだかなんなんだかよくわからないけど、
とにかく一人じゃないんだぞ、と何度も繰り返した。

いきなりの急展開である。
まず、転院。それまでかかっていた病院に手術例はない。
だから新しい病院を受診し、手術を受けることになった。

実際問題、担当医は…コミュニケーションがうまくとれず、
説明もよくわからないし、ツッコミを入れようものならムッとするし、
本当にラチがあかなくて弱っていた。
手術を勧めてきたのは彼だけれど、「じゃ、どこの病院がいいんでしょう?」
なんて聞こうものなら、手術経験のある病院を複数挙げてくる。
しかも、どこがどう違って、なぜいいかがきちんと説明できない。
知ってる病院の名前を挙げてるだけじゃないの?
説明できないなら複数挙げるな!と内心、ツッコミを入れていた。
病院のことだけではない。術後の経過とか、経験者の話とか、
そんな情報もまるでもってないのだ。こちらが尋ねて言えたのは、
その病院にいる医師の名前だけ。まったくもって、トホホである。

仕方がない。あてにしてもムダだ。自分で調べようっと。
インターネットってものがあって本当によかった。
医者が口にした病院を片っ端からネットで検索し、
公開されている情報を読み、病院の評判を探し当て……
結局、転院先に決めたのは一番アクセスのいい病院だった。
医者が一番にあげた病院でなおかつ医師の名前も言えたこと、
術例が豊富そうなこと、専門の病院であること、
さらに家族にとって通院がしやすいというのは大きな決め手となった。

でも、一つ難点があった。
どうやら手術まで数カ月先までかかりそうだってこと。
はっきり言って、そんなに待ってられない。
何しろクニコに、あのたんの吸引を繰り返させたくない。
イヤな思いは少ない方がいい。
担当医に何とかしてねじこんでもらえないだろうか。
…ココは医者のプッシュをもらうことにしよう。
転院したいとこちらが言うだけではだめで、
医師の紹介とさらにはプッシュが必要なんである。

でも、担当医は、もう10年以上、クニコの主治医なわけである。
どうにかしたいと思ったからこそ手術を勧めたはずだ。
それを信じて、わたしは頭を下げることにした。
「先生、先日、あげてくださった○○病院ですが、
 とてもよさそうなところだとわかったので、
 ぜひあちらでお世話になりたいと思ったのですが、
 どうも手術まで数カ月待たされるようなんです。
 先生のお勧めもありましたし、本人の気持にも応えてやりたいんですが、
 それだと本人にツライ思いをさせる時間が長くなりますし、
 どうしたものかと思いまして…」
「あ、じゃあ、ちょっと聞いてみますね」
(!?!?!?…)
彼はやおら携帯電話を取り出して、どこかに電話し始めた。
「あ、○○病院の○○ですが、○○先生ですか。
 あのですね、こちらでかかってる患者さんで先生のところで
 手術をお考えなんですが、一説によると数カ月かかるという話で
 そのあたりどうなんでしょうか」
(えっ? 直接聞いちゃうの? それを? …考えられねーっ)
「いま聞いてみましたけどね、そんなに時間かからないそうですよ」
「(ひゃー…しばし絶句)あ、ありがとうございます。
 それではさっそく受診させようと思いますので、
 先生、紹介状のご準備をぜひお願いいたします」

…あ、あっけねえっ!

まずは第一関門突破。
次は受診までどうするか、なんだけれど、それはまた次の話。
『ゴーストバスターズ』という映画があった。
申し訳ないことにどんな内容だったのか覚えていないが、
なぜかあるシーンだけは記憶に残っている。
それは、オバケたちを掃除機のような器械で
ぐんぐん吸い取っていく、というものだった。
たんの吸引は「見えないものを吸い取る」という点で
なんだかそのゴーストバスターズの仕事と似ている気がする。
記憶力に自信ないから違っていたらごめんなさい、なんだけど。

たんの吸引自体は、オヤジの入院時に間近で見ていた。
一度や二度ではない。繰り返し繰り返し、その様子を見ながら
(「たん」ってこんなにすぐにたまるものなんだなあ)と
普段何気なくしている動作を鮮明に意識化すると同時に、
そのことができている有り難さも痛感する。複雑だった。
その時は、まさか自分でたんの吸引をやることになるとは
まるで思っていなかった。5年後、あの時の看護師さんたちの
手つきをちゃんと見ておけばよかった、と思うことになった。

思い返せば、何か食べるたびにクニコは咳き込んでいた。
病院が大嫌いなクニコがみずから「入院する」と言い、
「飲み込みが悪くなっているから、おうちでたんの吸引が
できるようになってください」と医者に言い渡されたのは、
去年の二度目の入院の時だった。
クニコはどうだったのか聞いていないからわからないけれど、
わたしにとってはオヤジの姿がよみがえり、
なんだか暗い気持ちになった。やっぱり(パーキンソンって
進行性の病気なんだ)ということが一気に強く感じられた。

普段は、進行性だってことをあんまり認識しない、
…というか認識しにくいのじゃないだろうか。
一緒に暮らしていると、昨日と今日はほとんど違わないし、
1カ月前と比べることもない。
そういう「日常性」で認識しにくいだけじゃなく、
もう一つ、パーキンソン病の特性も関係するかもしれない。
それは「ウエアリングオフ」という症状だ。
日本語では「日内変動」というらしい。
クニコは、薬を飲んで効きがよいと自分のことは自分でやる。
着替えだってトイレだってお風呂だって爪切りだって、やる。
調子によっては料理だって作るし、洗濯物も干せる。
何ならベランダの掃除だってやるし、モップがけも得意だ。
でもひとたび薬という電池が切れると、
本当にまーったく動けなくなる。しゃべるのもムリ。
そのアップダウンが1日のうちに起こる。
「もう、イヤんなる」とクニコ自身がグチるくらい、
動ける時とそうでない時の差は激しい。
だから、少々の差なんて、よくわからんのだ。

結局、わたしたち家族は、
クニコの帰宅に向けて体制を整えるべく
たんの吸引の練習をすることになった。
休日に病院へ行き、看護師さんの指導を受けたのだが、
あいにくその日はクニコの飲み込みが順調で、
結局実践は帰宅してからやることになってしまった。

吸引は、カテーテルと呼ばれる半透明のくだを
口や鼻からのどにかけて通し、たんを吸い取る作業だが、
やってみると「見るのとやるのじゃ大違い」なのである。
吸い取るには専用の“掃除機”を使う。
掃除機の場合はゴミを見てやるわけだし、
さほど緊急性はない(と思う)。
たんの吸引の場合、まずたんの場所がわからないし、
本人はたんがからんで苦しいわけだから緊急性も高い。
鼻からのどまでだって、まっすぐではないらしくて
カテーテルがうまい具合に通ってくれない。
焦れば焦るほどにうまくいかないのである。

確かクニコが退院して3日目のこと。
クニコがオフの時間にたんの吸引をすることになった。
わたしは出かけねばならず、妹に任せて外出した。
用事が終わって切っていた携帯の電源を入れたら、
妹からの留守電。イヤな予感でメッセージを聞いた。
わたしが外出してから数時間、たんを吸引しようとしたが
うまくとりきれず、時間が来ても薬が飲めないままで
八方ふさがりになった妹はたまりかねて病院に電話し、
電話に出た医師の指導で救急車を呼んでクニコを
再入院させることになった…という話。
そのまま病院に直行し、妹を連れて帰宅した。

「救急隊員の人に救急車の中で吸引してもらったんだけど、
 圧が違うのかなあ。すごく取れてる音がしたんだよね。
『ゴボッ』って音がした途端に、
 お母さんが『少し楽になりました』ってしゃべれたの。
 やっぱり救急車は違うねー」
…妹よ、冷静な観察力を持っていられたなんて尊敬するよ。

「入院中に家族が練習する」という話だったのだが
お見舞いと吸引の時間はそううまいこと重なるわけもなく…
結局「何かあったら即救急車を呼んで病院に行く」
ということになり、クニコを帰宅させた。
そりゃあ、いきなり看護師さんたちのようにはいかない。
その後は妹と二人、調子のいい時のクニコに感想を聞いたり
「もうちょっとこうして」などとアドバイスをもらいながら
吸引の回数を重ねている。
うまくとれると音がいいし、クニコの顔つきが変わる。
「スッとした」表情になるのだ。饒舌にもなる。
まだまだ「たんバスターズ」としては素人だけれど、
まー、そのうちスッととれるようになるでしょ。
頼りなくたって何だって、あとはやるしかないのだ。