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花を見ながらの巡拝です
多くの納経所が無人でした
自分でスタンプ(朱印)を押してから帰ります
第53番安養院
残酷な記録が残されていました
びっくりの霊験記と…
親子磔(はりつけ)の記録も
霊場会の現状
今年になって3回目となる名古屋市志賀弘法会の知多半島巡拝は、第42番天龍寺から第65番相持院まで巡拝しました。
メンバーの高齢化によって弘法会も存亡の危機にあり、私が病魔に倒れると弘法会も倒れてしまうような環境にあり、四国遍路にこだわり知多半島では八十八ケ所に入っていない山海の宝珠寺(洗い観音)しか参拝しない私が同行すること自体が盛り上がりません。
本日は朝から夕方まで白衣姿の巡拝者は我々だけで、巡拝者そのものが数組しか遭わない霊場の現実と、住職が不在で無住のお寺や、参拝客が自分で朱印を押してくる、もはやスタンプとしか思えないような納経は見たくない現場の姿でした。
「これが最後かもしれないから」との代表の声は、人間の寿命からくる誰もがたどる現実ですが、勝手に大師堂の窓を開けて勝手に参拝してくる参拝環境は、間違っても四国とかお遍路とは言ってほしくない環境にありました。
2年前膠原病に罹患し、自身の限界を自覚する中で、最近は毎月四国遍路に出ていますが、万が一四国まで行けない環境になっても、四国やお遍路としての誇りを捨てることなく、「四国まで行けないから」と代替を求めたくはないと思う本日の同行となりました。