さとう社会問題研究所・心理コンサルティングのブログ

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あらゆる社会での対人関係の問題は心の問題の原因にもなります。
法律や政策により苦しめられている方たちもいます。


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【吃音の報道】意見の公表の仕方(2022/8/7)

 

 

有料メルマガの記事として執筆したものではありますが、一部削って、こちらでもアップしておきます。

 

実は先月、細々と5周年を迎えており、最近では自分の心情や思考をツイート並みの短文で毎日発信する形になっております。

 

そのため、今回はメルマガでは久々の長文です。

 

 

日本吃音協会によるTBSへの抗議に関する報道について、
わたくしは、自分が依頼を受けて請願を行っている立場から、第三者による抗議の悪例だと感じております。

また、「勝利を確信した時が最も敗北しやすい」という典型ではなかったかと。

たしかに、第三者からの意見は客観性や専門性の立場から有効で、わたくしもそれを仕事としております。
ただ、それは当事者ご本人の意向を受けてから行うべきものだと考えております。

そうでなければ、他人を口実に自分の野心を叶えようとする活動になってしまうからです。
親子断絶を求める同居親、裁判所が子供の利益を口実に自分の政治的野心を叶えようとしているのと同じです。

それはあくまで自分のためであって、当事者ご本人のためではありません。

(中略)

では、日本吃音協会としては、どうしたら良かったのか?

これは、請願を行い公表している立場から、
まず、ご本人の意向を確認してから抗議を行うべきであったと思います。

ご本人が苦痛に感じていらしたのでしたら、同じ当事者として代弁することができたでしょう。

もし確認しないのであれば、あくまで「自分たちの意見」として行うべきであったと思います。

ただ、これは「吃音の当事者としてどう感じたか」という自分たちの感想に止めるべきです。

すでに指摘をしている方のご意見など報道が続いており、
詳細は省きますが、間違えても、ご本人や他の吃音者を代表しているかの様な書き方はダメです。

この日本吃音協会の抗議の問題点は、いわゆるフェミニストと呼ばれる方たちの近年の発信と類似しております。

「借屍還魂」と言いますが、他人を口実に自分の言いたい事を言っているだけで、
そのご本人にとって有益かどうかという視点が欠如している事にあります。

そのため、何かを代表したければ、ご本人の意向を踏まえて抗議すべきだったと思いますし、
最低でも「自分たちの意見」に止めるべきだったと思います。

少なくとも、わたくしならその様に書きましたね。

 

 

では、今回もこの辺で。

 

 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング

 

発達障害と社会とパワハラ(2022/8/4)

 

 

さとう社会・心理研究所では、相談業務である心理コンサルティングの他、有料メルマガや請願書の執筆提出、その公表などを通じ、社会問題に関する提言なども行っております。

 

さて、今回の記事は発達障碍者と社会との関わりについてのネット記事のご紹介です。

 

先日も、有名らしい方が自らのADHDを公表したことで、その方の公表に至るまでの経緯などから発達障害などへの偏見を助長しかねない、と当事者や支援者から声が上がっていると報道がありました。

 

記事に記載の当事者の身に起こった出来事は、わたくし自身にも経験があり2014年の8月4日はその解決のための法的手続きを執った日でした。

 

 

では今回も、わたくしが着目した点は赤字にしておりますが、やはり法律学者として最初に目についたのは権利と義務の話でしたね。

 

法律とは「権利と義務について定めたもの」という事もできます。

 

その上で、法律というか、法や法治に対する無知や自己解釈が社会問題の原因となっている事は未だ多いです。

 

わたくしは小学校教育から法律学と経済学を導入すべきだと以前より述べておりますし、

 

ご相談の初めには、ご相談内容に関係する法律について簡単な説明をしてから話をする様にしております。

 

 

次に、記事にあるお言葉から、この方の自己肯定感の低さを感じ取ることができました。

 

ご家族からの心無い言葉に苦しんでいらっしゃる方は発達障害に限らずいらっしゃいます。

 

また、日の出ている時間に帰宅することができることへの罪悪感など、記事の中でも「洗脳」とあり、そういう職場が存在できていること自体が深刻な問題です。

 

貧困やメンタルヘルスなど、社会問題を作り出している事は知られるようになっていると思います。

 

ただ、その理解が十分であるとは言い難く、法律があっても有効な対策は未だ無いに等しい状態です。

 

 

最後に、自らの障害が発覚したことに対する当事者の想いについてです。

 

先日、有名な方が自らの発達障害を告白し、様々な反応があったようですが、どの様なものであれ、それを受け入れられる方も受け入れられない方もいらっしゃるのは当然です。

 

特に、記事の中に遭った当事者のお言葉の様な受け止めは、わたくし自身が関わった方にも多々見られました。

 

本来なら社会に発信することで、その理解の不足や問題の存在を明らかにしたかった。

 

そうすることで、問題への認知を広め理解を促す必要があるものでさえ、準備の直前で発信を止められてしまう事が多々ありました。

 

わたくしの配慮が不足していると言われてしまえば、それ以上何も言う事ができません。

 

当ブログやSNSでの発信を辞めてしまったのは別の理由です。

 

 

ただ、こういう方たちがそうお思いになっているのはどうしてなのか?

 

この点について、みなさんはどう思われますか?

 

本当の意味で発達障害に対する認知を促し理解を深めようとするならば、ここから考え始める必要があります。

 

ぜひ、お考えになってみてください。

 

 

では、今回もこの辺で。

 

 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング

 

 

高卒男性を過重労働でボロボロにした企業の罪 残業は月200時間以上で、手取りは20万円だった』(東洋経済、2022年7月28日)

 

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは「過去に勤めた会社で度々パワハラを受けたり、同僚とのトラブルがあったりしました」と編集部にメールをくれた36歳の男性だ。

 

「太陽を見たことがなかった」

 

早朝4時に出勤し、帰るのは早くて午後9時。深夜、日付が変わる時刻になることもたびたびあった。昼食はサンドイッチやおにぎりといった手づかみできるものを15分で流し込む。繁忙期にはパイプ椅子を並べたり、床に段ボールを敷いたりして泊まり込んだ。毎月の残業は200時間を超えたが、手当がつくのは30時間だけ。手取り額は20万円ほどだった。

ユウトさん(仮名、36歳)が高校卒業後、初めて勤めた地元スーパーでの経験である。異常な働かされ方を「出退勤のときに太陽を見たことがありませんでした」と表現する。

「湯船に入ったまま、まばたきしたつもりが気付くと(数時間が経過して)朝になっていたことが何度もありました。遅刻をしないよう、夜は靴下を履いてダウンコートを着て眠り、起きたら20秒で家を出られるようにしてました。始発電車に乗るために、降りている遮断機を無理やり上げて線路を渡ったこともあります。今思うと私も異常な状態でした」

このスーパーは地域に数十店舗を展開する地場企業。ユウトさんは正社員として採用され、鮮魚などを扱う部門に配属された。仕入れた魚をさばき、パック詰めした後は、商品の陳列や接客も任された。

上司の口癖は「休みたいとか、早く帰りたいとか、権利を主張するんだったら、まずは義務を果たせ」。義務とは売り上げ目標を達成すること。ユウトさんは「当時は上司の言っていることがおかしいということがわかりませんでした。高校では(労働関連法について)何も教えてくれませんでしたから」と振り返る

問題は長時間の過重労働だけではなかった。ユウトさんは先輩社員らによるいじめの標的にされたのだ。マイナス20度の冷凍庫に1時間以上閉じ込められたり、眼鏡を製氷機の中に隠されたり、腐ったアサリを顔面に押し付けられたり――。別の社員がミスをしたのに、なぜかユウトさんがアルミ製のトレーを頭にたたきつけられたこともあった。

「まるでおもちゃにされているようでした」。自分が狙い撃ちにされたのは、高卒で一番年下の新入社員が仕事のストレスのはけ口にされたからではないかと推測する。

結局2年が限界だった。会社を辞めた直接のきっかけは、例によって湯船で寝落ちしてしまい、3時間ほど遅刻したこと。びしょ濡れのまま出勤し、何時間も上司の後をついて回って謝ったが、その間ずっと無視され続けた。ようやく口を開いた上司から出てきたのが「誰、君? 給料泥棒くん?」という言葉だった。

それまでも辞めたいと訴えるたびに、引き留められてきたが、ようやく退職する決心がついた。

食料品の宅配ドライバーの仕事に再就職

 

しかし、共働きの両親には、短期間で会社を辞めたユウトさんのことが努力不足、我慢が足りないと映ったようだという。特に父親からは「水が冷たくて辞めたんだよな」と嫌味を言われたこともある。その父親に急き立てられるようにして再就職したのが、食料品の宅配ドライバーの仕事だった

そこではさすがに前職のような長時間労働はなかった。ただ「太陽が出ている時間帯に帰れることに罪悪感がありましたし、なんだか社会から必要ない存在だといわれているように感じてしまいました」とユウトさん。それだけ、初めての職場で受けた“洗脳”が強烈だったのだろう

一方で新しい職場は、ノルマが厳しかった。新規顧客の獲得や関連商品の販売といった数値目標が課され、全員の成績が事務所のホワイトボードに書き込まれた。

ユウトさんは成績の悪いほうではなかったが、契約が取れない日もある。そんな日は退勤しようとすると、上司から「ゼロってことはないよな」「当然、これから契約取ってくるんだろ」とプレッシャーをかけられた。

「配送は1軒あたり5分で済ませるように言われていました。そもそも営業するための時間なんて取れないのに、ノルマなんて無理なんですよ」

正社員としての採用だったが、2年ほどで辞めた。

いずれもまともとは言いがたい会社だったわけだが、ユウトさんの困難はむしろここから始まった。それ以降、正社員として働くことが怖くなったのだ。

ユウトさんは宅配ドライバーを辞めた20代前半からは、スーパーやドラッグストア、家電量販店などでパートやアルバイトとして働いてきた。この間も就職活動は続けており、正社員として採用が決まったことも7、8回はある。接客業で鍛えられたユウトさんの受け答えはしっかりしており、敬語も使えるからなのか、内定を得ること自体は難しくなかった。

ところが、出勤日が近づくと「とにかくこの場から逃げ出したい」というプレッシャーに押しつぶされそうになる。結局正社員の内定はことごとく断ってきた。直前まで勤めていたパートやアルバイトはすでに辞めている。プレッシャーからは解放されるものの、今度は収入がなくなることへの不安に襲われる

「『自分にはできないんじゃないか』『またダメなんじゃないか』と思ってしまうんです」とユウトさんはため息をこぼす。もう10年以上、そんなことの繰り返しだ。

「発達障害」と診断された

 

1年ほど前、定職に就けないユウトさんを見かねた家族から「発達障害なのでは」と指摘を受け、心療内科に足を運んだ。1カ所目の病院では発達障害ではないと言われたが、2カ所目の病院で自閉症スペクトラム(ASD)と診断された。

あらためて振り返ってみると思い当たることがあると、ユウトさんは言う。子どものころから人見知りが激しく、板書を書き写すことが苦手だった。大人になってからも人間関係の距離感をつかめず、冗談で言ったつもりのことがセクハラと受け止められたことがあった。初めて働いたスーパーでも、魚を仕分けたり、さばいたりといった作業が同僚に比べて遅かったのは事実だという。

こだわりが強い性格が災いしてパート先での居心地が悪くなったこともある。ユウトさんは「~~円からお預かりします」「~~のほうをお持ちしました」といったいわゆる「バイト言葉」を聞き流すことができないという。同僚が使っているのを耳にすると、指摘せずにはいられないのだが、それにより関係がぎくしゃくしてしまうのだ。

一方でユウトさんにとって発達障害の診断は大きなショックだった。理由は?と尋ねると、少しためらった後、「自分の中に障害者に対する偏見と嫌悪感があるからです。生産性がない、必要のない人たちなのではないかと思ってきました」と打ち明ける

見下してきた障害者に、自分もなってしまった――。障害者への偏見が、自身を一層苦しめる呪いになっていることは、頭ではわかっている。しかし、長年の価値観を簡単に改めることは難しい。ユウトさんは今も診断結果を受け入れることができないという。

障害者への偏見の善しあしは別にして。発達障害の人は得手不得手の凹凸の落差が大きいとされる。ただこうした凹凸は誰にでもあるともいえる。

発達障害と診断するかどうか、最終的には医師が総合的に判断する。以前取材で話を聞いた精神科医によると、たとえ問診や検査の結果が同じでも、本人が生きづらさを感じていなければ、あえて診断しないこともあるという。

ユウトさんが振り返って例に挙げた子ども時代や人間関係のエピソードはたしかに発達障害の特性にもみえる。一方、たらればの話にはなるが、もしユウトさんが初めて勤めたスーパーの労働環境があそこまで劣悪ではなく、働き続けることができていれば、病院に行く必要もなく、発達障害と診断されることもなかっただろう。

ユウトさんを発達障害当事者にしたのは、働き手をゴミのように使い捨て、効率ばかりを優先する悪質企業や、それを放置してきた社会なのではないか。

40人いた同期のうち残っているのは数人

 

ユウトさんは子どものころから、魚を食べることも観察することも大好きだったという。初めて勤めたスーパーで鮮魚売り場に配属されたときは、夢がかなったと思った。残念ながらそこは超絶劣悪職場だったが、ユウトさんは今も働くこと自体は好きだったし、やりがいもあったと振り返る。

「魚をさばくのは遅かったですが、売り場づくりや接客は得意だったんです。お客さまに旬の魚を勧めたり、おいしい食べ方を伝えたりすることが楽しかった。会社がもう少し人を財産として扱ってくれていれば……」

記事の中ではユウトさんが特定されないよう、匿名表記にしているが、そのスーパーを展開するのは、業界では安くて新鮮な魚を提供することで知られた企業だ。一方でユウトさんによると、当時40人いた同期のうち今も残っているのは数人だけだという。いずれにしても、働き手を使い捨てることで維持できる安さや品質なのだとしたら、それはまがいものだ。それをなんら疑問に思うことなく享受している私たちも、もしかしたら共犯なのかもしれない。

ユウトさんの同級生の中にはすでに子どもや家、車を持ち、“普通”の生活をしている人もいるという。翻って自分はどうか。今後、正社員として採用される機会は間違いなく減っていくだろう。30代半ばを過ぎた今、「自分の未来がどんどん閉ざされていくような気がします」。

ゲームと不登校と依存(2022/7/26)

 

 

さとう社会・心理研究所では、心理コンサルティングの他、教育相談やその一環としてのネット授業なども行っております。

 

算数の授業をしていたお子さんが私立中学の受験に合格した事は触れていたと思いますが、

 

他にも大人の方に小学校の算数を教えたり、簿記3級の授業をしたりもしておりました。

 

最近はDV相談の当事者だったお母さまのお子さんの不登校に関するお話をうかがったりもしております。

 

 

さて、今回の記事はゲーム依存と不登校に関するネット記事のご紹介です。

 

わたくし自身はこの安易な連結が嫌いです。

 

ただ、不登校に関するご相談を受けたり、わたくし自身が学校に行ったり行かなかったりした事もあり、一度触れてみようとも思いました。

 

近年ではネットゲームを通じ、色々な関係性やご商売が盛んな事。

 

どこぞの県議会では議長だか議員の無知と決めつけで、条例制定のため、パブリックコメントまで捏造し、規制しようとしたことなどは報道でもご存知の方も多いでしょう。

 

なので、この辺りのお話は殴り合いで決めていただければと思います。

 

 

わたくしは、こちらでも触れている様にゲームの配信をしてはいるものの、実はゲームは大嫌いです。

 

わたくしが引きこもっていた頃は、家にゲームはあったものの、ゲームより専門書を読むのが好きでした。

 

今でもゲームはオートプレイで裏では本を読んだり仕事をしたりしております。

 

 

ただ、お子さんなどのゲーム依存については、課金や積みゲーの様な状態でなればあまり心配なさることもないと考えております。

 

記事の中にもある様に、お子さんと一緒にゲームをする余裕を持っていただいた方が宜しいかと思います。

 

また、エアプでもゲームを共通の話題にして頂くなど、

 

親子の関係性が途切れないツールとしてご利用いただく方が下手に心配するよりは有意義だと思われます。

 

子供に勉強をさせるだけなら、親が自ら勉強している姿を子供に見せる必要がありますし、

 

わたくしの両親の様に、圧倒的なバカさを示し、お子さんを絶望の淵に叩き落せば、反面教師で勉強します。

 

 

社会問題化している別側面もあり、最近も、ご紹介しておりますが、

 

親の弱みに付け込んだ業者に大金を払って子供を拉致させ監禁し、

 

引きこもりの治療や支援と称し、殺害するまで暴力を振るうという事件もあります。

 

 

わたくしが一番危惧するのは、親子や家族の関係が途切れてしまう事です。

 

わたくしの虐待父は中高年の引きこもりの典型でした。

 

祖母さまもお手上げ状態で、わたくしには義理がなかった。

 

 

不登校でも引きこもりでも、関係性さえ維持できていれば、形はどうあれ必ず道はあります。

 

引きこもりでも不登校でも、自覚の有無は別として、それには必ず理由があり、目的があるはずだからです。

 

わたくしには自覚がありました。両親の排除が最優先だったからです。でも普通はそうではない。

 

自らの進むべき道が見えていないから、引きこもってゲームをしなければならない。

 

お子さんからアプローチがあった時、すぐに道を示せることが大切です。

 

親子の関係が途切れてしまっているから業者に丸投げすることになってしまいます。

 

とても大変な事ではありますが、ご自身で観察し関係性を試行錯誤していただくほかありません。

 

 

希望の安売りは絶対にしないし、安易な道は示さない。

 

だから、わたくしは専門家として否定されておりますし、相談相手として真っ先に排除されております。

 

人間性も人徳も感じられないため、人間としても大いに嫌われてしまっております。

 

それでも専門家として当事者だった者として言わなければならない事がある。

 

これも、不登校とゲーム依存の一つの末路、生き辛さの形なのだと思っております。

 

 

「わが子がゲーム依存で不登校に」母親たちはどう乗り越えたか』(2022年7月25日)

 

(廣末登・ノンフィクション作家)

 子どもの「不登校」や「ゲーム依存」が増加している。悩んでいる家庭も少なくないだろう。

 そこに追い打ちをかけたのがコロナ禍だった。コロナ感染や感染回避のための欠席が増えたことで、不登校やゲーム依存傾向が強まってしまった。もはやこれらは社会問題と呼んでもいいかもしれない。

 本コラムでは、文部科学省が行ったコロナ禍中の調査結果を概観した上で、実際に、不登校とゲーム依存傾向に苦しんだ母親たちの経験を紹介する。本稿で紹介する二人の母親は、子どものゲーム依存を乗り越え、その経験を社会に還元すべく法人を立ち上げて、同じ悩みに直面する親の支援に日夜取り組んでいる。

不登校の小中学生は19万6127人

 

 文科省による「令和2年度・問題行動・不登校調査」によると、2020年度の小中学校における不登校児童・生徒数は19万6127人(2.05%)にのぼる(小中学校在籍児童・生徒数957万8674人)*。これは前年度と比べて、人数にして1万4855人増、割合にしておよそ0.1%の増加である。もう少し長い期間で見ても、不登校状態にある小中学生は、人数、割合ともに増加傾向にあるのだ。

*「不登校」には、何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にある者(ただし、「病気」や「経済的理由」、「新型コロナウイルスの感染回避」による者を除く)を計上。

 かてて加えて、コロナ禍中で得られた気になるデータがある。それは、若年層のゲーム依存傾向についてである。

 2021年度に文科省が行った「不登校児童生徒の実態調査結果」をみると、保護者から見た欠席時の中学生の様子について「インターネットやゲームを一日中していた」とする割合は、「よくあった」、「ときどきあった」を併せて68.2%と高い割合を示していた(図1)。

 さらに、株式会社GameWithによる「第2回コロナ禍におけるゲームプレイ実態調査」では、「コロナ禍において、ゲーム時間が増えましたか」という問いに対する回答で、10代では「やや増えた」、「かなり増えた」を合わせて実に72.9%となっている(図2)。

 なお、前述の文科省調査では、不登校の子を持つ保護者を対象としたアンケートにおいて、「子供にどう対応していいのか分からなかった」の項目で「あてはまる」「どちらかといえば当てはまる」の欄にチェックした人は、中学生の親では60.9%であった。

 こうした調査結果から推測するに、不登校になりゲーム依存傾向が強まった子の対応に保護者が苦慮している状況がうかがえる。

 子どもが自室にこもり、長時間ゲームに没頭していると、何とかして「ゲームを取り上げたい」という親の気持ちは理解できる。しかし、子どもがやりたいことの「否定」は、決して解決策にはならない。

 では、どんな解決策があるのだろうか。

ゲーム依存傾向のリアル
 以下では、ゲーム依存傾向の子どもを持つ母親の苦闘と、ゲーム依存から脱却できた成功体験のリアルを紹介してみたい。

 一人目は、ゲーム依存傾向の長男との葛藤を経験し、現在は、ゲーム依存症傾向のある子どもと保護者をサポートする法人代表の柴田真理子氏だ。

――お子さんが不登校になったのはいつ頃からですか。

柴田真理子氏(以下、柴田) うちの子は、中学2年の夏休み明けくらいでした。このタイミングは、おそらくですけど、私が再婚したことで、長男に、急にお姉ちゃんと、妹が出来たこと(再婚相手の子ども)も影響があったのかもしれません。再婚する前は、長男が何か私に頼むと、最優先で対応できましたが、急に子どもが3人になったことで、「ちょっと待って」ということが多くなった。本人としては、家庭に居場所がないと感じてしまった可能性は否めません。

 ただでさえ、再婚することで転校しており、新しい学校には友人が居らず、学校環境に馴染めていないため、教室に居場所がなかったことも孤独感を募らせたのではないか。その結果、事態を悪化させたと思います。

ゲームを巡る親子の口論で警察が駆け付ける事態も
――それからゲームにハマった。

柴田 そうですね。オンラインゲームにハマって、毎日、友人や知らない参加者とコミュニケーションをとっていました。

 夜遅くまでゲームから離れないので、「ゲームを処分するよ」、「インターネット切るからね」と注意すると、口論になります。長男からしたら、自分の新しく見つけた居場所が取り上げられると思ったのでしょう。口論は、次第に暴力を伴い、警察が駆け付けたこともあります。2回目に警察がきた時なんか、長男が私の上に馬乗りになって殴っているところを、警察官に制止されました。

――もとからご長男は、粗暴傾向があったのですか。

柴田 そうではないです。もともとナイーブな子で、虫が死んでも涙するような子でした。

――現在は、ご長男は会社でサポートする側になるほど依存を脱却していますが、依存から抜け出すまでのプロセスを教えてください。

柴田 ある時、テレビで将棋の藤井聡太さんのニュースを観ていたとき、「なぜ、将棋なら評価されるのに、ゲームに熱中したら非難されるのだろうか」と、疑問が生じました。

 私たち親世代からすると、ゲームは遊びの範疇。だから反対したくなるのではないか。親がゲームのことを知らずに文句言うのはいけないかもしれないと、思うようになりました。

 早速、eスポーツ協会に電話でアポを取り、実際に対面してお話をしました。「ゲームについて教えてほしい」と頼みました。すると、協会は、ゲームの将来性や仕事が生まれる可能性につき、丁寧に教えてくれたのです。

 そして、協会は「お子さんと一緒にゲームをやってみてください」と助言してくれました。

 だから、私は、自宅に帰るやいなや、長男に「一緒にゲームしよっか」と声を掛けました。長男の第一声は「キモっ」でしたが、自分が得意とすることは人に伝える喜びがあります。ゲームで使う技など、いろいろと教えてくれました。

 子ども目線からすると、「母親の態度が変わった」、「自分のやることに興味を持ってくれた」という感じがしたのでしょう。この日から、長男の態度は、みるみる変化し、部屋からも出てくるようになりましたし、学校にもだんだんと登校する日が増えました。

 私からすると、あっけないほど簡単なことでした。家庭内暴力ですさんだ地獄のような日々が、信じられないほどです。やはり、親が子どもの好奇心に寄り添うことが大事だとわかりました。

 長男は、現在、私たちの会社で、ジュニア・コーチング講師(子どもの悩みに寄り添う支援者)として、ゲーム依存傾向のある子どもたちとコミュニケーションを取ってくれています。

 私の経験から言えることとして、親世代はICTの進歩についていけない。だから、意識的に親自身がバージョンアップしないと、子どもたちのことを理解できないということです。

 現在は、eスポーツ協会や精神保健福祉の専門家などと協働して、保護者のメンタル・サポート、不登校児童に対するジュニア・コーチによる経験の共有、在宅登校にもなる教科学習サポートを行っています。

*****

ゲーム社会という居場所
 次は、同法人の女性スタッフAさんのケースだ。彼女も、子どもの不登校とゲーム依存傾向に悩まされ、そこから試行錯誤の末に立ち直った経験を有する。

――お子さんが不登校になったのはいつ頃からですか。

Aさん(以下、A) 私の子も中二の頃からです。何のために学校に行くのかわからなくなり過敏性腸症候群と診断されたことがきっかけでした。この症状としては、下痢が続くことです。学校でトイレに頻繁に行くと、同級生から冷やかされるじゃないですか。先生からも理解が得られず、子どもは苦しんだようです。

 大学病院の大腸検査などでは異常は見られず精神科の受診も勧められました。私は息子の様子を見る限り精神科が必要な病気状態ではなく原因はもっと家庭内にあると実感していました。

――学校にも家にも居場所がなかった。

A そうですね。そうした様々な要因から、子どもは学校に行けなくなりました。ゲームをして、その世界に居場所を見つけて、(対戦型ゲームで)大学生や会社員の人たちと出会い、試合の合間に「オフチャット」で話をしていたようです。

 このオフチャットって、悪用されたら怖いのですが、幸い、子どもがプレイしていた大人の人たちは、いい人でした。遅い時間に合流してゲームをすることで、就寝時間が遅くなっていることを「このままではよくない」と思った本人から、もう少し早い時間帯に合流できないか持ちかけたところ、折り合いをつけてくれたそうです。

――子どもさんが不登校であることを、プレイ仲間は知っていましたか。

A はい。子どもはそこも伝えていたようです。ゲームの社会において、「自分、学校に行けていないんです」という自己開示を行っていました。そのことに、大人の人たちは否定することなく、受容し、励ましてくれていたようです。そのプレイ仲間の人たちが、子どもに新しい居場所を提供してくれていたのだと思います。

 そして、ゲームの社会で為されている誹謗中傷を目にして「こんなのはオカシイ」と感じていたようです。中三の終わり頃でしょうか、ゲームは「皆が楽しくスキルを磨く場であるはず。そうしたコミュニティをつくりたい」と、口にしていました。子どもなりに冷静な観察をしているのだと感心したことがあります。

――いまも不登校は続いていますか。

A 私自身、ゲームに傾倒しているわが子を見ていて、はじめは、どうしていいか分かりませんでした。でも、友人である柴田に相談し、うちの会社(Altcom)のサポートを体験しました。そして子どもの関心事を理解し、否定しないということに決めました。私は、代表のように、子どもとゲームは出来ませんでしたが、ゲームの話をひたすら聞いてあげることにしました。まあ、おやつ付きの傾聴という形でしたが。子どもは、自分の得意とする分野を、否定されずに聞いてもらえることが嬉しかったようです。その結果、体調も回復し、学業も疎かにはしていません。ゲームも節度をもってするようになりました。

 幸い、我が家も柴田家も、手遅れになる前にゲーム依存から脱却できました。でも、それは、試行錯誤の結果です。世の中には、統計などからも見て取れますが、親御さんが「どうしていいか分からない」というケースが多いようです。私たちの経験が、少しでもゲーム依存傾向に苦しむ親子のためになればと考え、ひとりで悩まず、自助、共助を支える活動を行っています。

*****

ゲームに依存し自己治療
 彼女たちの話において、子どもが家庭内に居場所がないという意識を持った可能性が示唆されている。

 筆者は、犯罪や非行にはしった多くの青少年と面談してきた。そのなかでも学童期から薬物を使用していた子は、家庭に居場所がないというケースが散見された。家庭や学校社会において居場所がないと、生きづらさを知覚する。

 少年院の医官をしている中野温子医師によると、「薬物乱用少年は、快楽のためのみに薬物を用いているとは一概に言い難い。家庭内などにおいて生きづらさを知覚した彼らは、薬物に依存することで、苦痛を減らし、自己治療を試みている可能性がある」と指摘する。

 ゲームも同様に、没頭することで「居場所のなさ」、「生きづらさ」という苦痛を減らし、薬物同様に依存傾向に及んでしまう可能性がある。

 生きづらさは、それを知覚した経験者でないと分からない。本コラムでは、家族の葛藤を乗り越え、子どもの居場所を作ろうと奮闘するなかで奏功したケースを紹介した。

 二つのケースに共通するポイントは、子どもの関心事を否定せず、ゲームのコミュニティを「第三の居場所」として認めることが、子どもの自立を促したように思える。

 これらの成功事例を一般化することはできないものの、お子さんの不登校やゲーム依存傾向に悩んでおられる方に、本コラムで取り上げた保護者の試みが参考になれば幸いである。