無彩色の日々。私のカラーヒストリー③ | 大阪 /北摂/吹田/オンライン/アーティフィシャルフラワー教室 初心者さんから素敵なアレンジを作るためのレッスンを開催。HANAIRO Style

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初めてさんからできる、「きっちりとした基礎」をお伝え
「私らしいお花の仕事の始め方」など、お花を仕事にしたい方のためのレッスンも。

こんばんは!
HANAIRO Style 大江さちこです。

→紫色のスカートからカラーの変遷を思い出す

これをきっかけに始めた
私のカラーヒストリー。

続きです。
→色で思い出す。私のカラーヒストリー①
→彩りの日々から無彩色の日々へ。
私のカラーヒストリー②



ひらめきで出会った、
「花」の世界。

小さな花屋さん、園芸店を経て、
ウェディングフラワー専門の会社へ。

仕事は体力的に
厳しいところもあったけれど、
とても楽しくて。

色に触れ、
花に触れ。





そして、
アレンジメントの勉強と共に、
この頃一度、
色彩の勉強を始めるのです。


ウエディングのお花を、
お客様に理論的に提案できるようになりたくて。



だけど、
色彩の勉強とは裏腹に

「花よりも目立っちゃダメ」
「フラワーデザイナーとして、格好よく」


無彩色なものばかりを
身に着けるように。



自分を隠すようにしていたんですね。

何よりも隠したかったのは、
右腕の不調。


20歳のころから感じ出した
右腕の痛み、倦怠感としびれ。

あちらこちらの病院へ行っても
病名も分からず。


仕事の時、ハサミは持てても、
ごはんを食べる時は、お箸を持てない。



そんな日々でした。






23歳で
病名が分かりました。
「胸郭出口症候群」

我慢の限界が来ていた私は
それでも、
「花の仕事を続けるために」
手術をしました。



この頃を、「色」として思い出すと、
あんなにも色とりどりの花に
触れていた筈なのに、
「グレー」や「黒」が真っ先に思い浮かびます。

無彩色、
暗黒の時代。




手術で目の前が明るくなるかと思いきや、
まだまだ試練は続きます。





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