高校野球(O21) | エス・ビルドのブログ

エス・ビルドのブログ

ブログの説明を入力します。

みなさんご機嫌いかがでしょうか。
もう8月も終わりですね。
 
この前、甲子園の決勝戦で智弁和歌山が優勝しましたね。
対戦相手は奈良の智弁学園で、智弁対智弁という決勝戦でした。
 
 
甲子園での智弁対決は2002年の夏の大会3回戦以来2度目の対決だったそうです。
 
 
 
この試合を見ていて自分が高校球児だった頃を思い出しました。
私が高校球児だった時、最後に対戦したのがこの奈良智弁学園だったからです。
 
 
 
もう30年以上昔のことですが、
奈良県大会の準々決勝、橿原運動公園野球場で智弁学園と対戦しました。
 
私はベンチメンバーで背番号はもらっていましたが、それまでの試合で出場する機会はありませんでした。
 
 
試合は序盤からエースが智弁学園に打ち込まれ大量失点。
何点取られていたかは忘れてしまいましたが、その時に監督さんから
「次の回から行くぞ❗️」と私に声がかかりました。
 
もう負け試合と判断して、今まで出ていない選手を試合に出そうということだったは思いますが、私は公式戦で初めてのマウンドに立つことになったのです。
 
 
実は小学生の時から野球をしてましたが、ピッチャーをやり始めたのは高校2年生からで、練習試合の途中にベンチにいた私に
「お前2試合目ピッチャーな」といきなり監督さんに言われたのがきっかけでした。
 
なんの前触れも無く急な話だったのですが、なんとか試合を壊すことなく投げ切ったことを覚えています。(勝ったか負けたかは全然覚えていませんが・・・)
 
 
 
そんな私が公式戦で初めて投げたのが高校野球の最後の試合でのリリーフ登板でした。
 
もう昔のことなのではっきりとは覚えていませんが、
ピッチャー交代の場内アナウンスで名前を呼ばれた時、スタンドで応援してくれていた同級生たちから「ワァー」っと歓声があがり、マウンドに小走りで向かう時にゾクゾクッとしたことを覚えています。
 
また、マウンドからの景色は今でもよく覚えています。
 
 
私が投げて何点取られたのかなど具体的なことは忘れてしまいましたが、結果は14対0のコールド負けでした。
(過去の智弁の戦績を検索したらそう書いてました)
 
この試合で高校野球を引退しましたが、最後の試合でピッチャーとして試合に出て投げられたことは本当にいい思い出になっています。
 
久しぶりに30年以上前の青春を思い出させる甲子園決勝戦でした。
 
それでは、また