僕は特別養護老人ホームの職員なので、それを踏まえて…。
利用者と事業所は契約関係にある。利用者は、その事業所から提供されるサービスに対して対価を払う。
職員は、契約に基づきサービスを提供する者だ。
「利用者」も「職員」もどちらも立場を表わす言葉であって、そこに人間性とか個性というのはない。
介護保険制度を、介護サービスを利用しているから「利用者」。法人に勤める者だから「職員」。である。
で、利用者とはどういう人たちかというと、「この国で、社会で、日常生活を営むにはとても不便なカラダになってしまった」人たちである。ワケは色々ある。
一方職員は、自らの生活を送るための資金を稼ぎにきている人たちである。気持ち的に色々理由もあるかもしれないが、これが最大の理由だと思う。
利用者は、重要事項説明書や施設サービス計画書等に同意すれば、その内容に応じたサービスを受ける権利がある。そして、それに対して金を払う。これは義務。
事業所は契約したサービスを提供しなければならない。これは義務。そして、利用者や国保に利用料や介護報酬を請求する権利が生まれる。
職員は、契約した内容に基づき、サービスを提供する。介護職員なら介助を、看護師なら健康管理や医療を、管理栄養士は栄養管理、調理師は食事を。
利用者はサービスに対して金を払っているわけで、職員に対して払っているわけではないので、サービスを提供する職員によって、そのサービスの質が変わるようではマズイよね。
ケアプランで交わしたサービス内容をやってなかったら、債務不履行なので、裁判起こされたら終りね。
ああ、話が逸れた。
ここから、本題。
利用者と職員の関係は、上で書いたことだけの関係ではない。
そこには「人」と「人」との関係がある。
施設利用者と職員は、職員が出勤するたびに顔を合わせる。常勤雇用なら単純計算で週に40時間は顔を合わせることになる。
さすがに、それだけ会っていると、やっぱり「人」対「人」の関係っていうのが、作ろうとしなくてもできてしまうものだ。
利用者のAさんと職員のa君の関係、利用者のAさんと職員bさんの関係、職員a君と利用者Bさんの関係、というふうに、ものすごい数の人間関係ができあがる。
やっぱり人間だから合う合わないはある。生理的に受け付けないだとか、性格が合わないとか逆にウマが合うとか、実は以前から知り合いで付き合いがあったとか、その逆で仲が悪かっただとか。
でも、そこはやはり「利用者」と「職員」の関係なのだから、業務に支障がでるような関係は避けねばならない。むしろ、良好な関係を築いていくべきだ。信頼しあえる、本音で語り合える関係ならなお良い。
それには、相手のことを理解しようとしなければならない。
「利用者のこと」を、ではなく、「目の前の一人の人間のこと」を、である。
身体的・精神的なハンディキャップはもちろんのこと、性格、考え方、趣味嗜好、生活歴などさまざまな情報から、その人がどういう人であるのか、何を望み何を望まないのか、考え続けなければならない。もちろん本人に聞いたり、家族に聞いたりもしてね。
しかし、それが苦手な人が多い気がする。そもそも、その人たちのことを「利用者」とひとくくりにして見ていては、絶対に良好な人間関係はできない。
「ニンチだからね~」とか最悪。
もっと切羽詰まっていい。分かっている気になってないか?なんでも知っていると。
先入観はないか?固定観念や既成概念はないか?
ホントにその人のこと知ってるの?その人の気持ちを分かっている?
自己満足なんじゃないか?それは自分の考えなんじゃないの?
一番難しいこと。
極論になるけど、人の気持ちや考えなんて他人には絶対分からないし、共有もできない。
自分の心は自分にしか分かりえない。だって、検証しようがないでしょう?
「こうなの?」って聞いたら「そうだよ」って答えたとしても、証拠はない。
だから、常に相手がどう考え何を思っているのか考え続けるべきだ。
今日は夕方からそんなことを考えていました…。