つつしみ

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先月取材に来た内容が載った雑誌が届いた。発売日の前日に届いた。しかし水野南北についての記事は、全体から見ると霞(かす)んでしまいそうなくらいの僅かな内容だった。ページ数は約2ページ。雑誌自体は開運についての特集だったのだが、主な内容は神事に関してで、南北先生が唱えた開運における食の慎みの重要性に関しては、ほとんど重きを置いていないようだった。

 

まぁ、そもそも今の飽食時代では、『南北相法極意修身録(相法修身録)』について関心を持ち、その内容に共感出来る人などほとんどいないのかもしれない。今回の記事は『日経おとなのOFF』4月号で確認出来ますので、お好きな方はどうぞ。

 

南北先生は『南北相法極意修身録』の中で神に関していくつか記しているのだが、基本的には神に祈るだけで手軽に御利益を受けようとする人々を強く否定している。特に痛快な内容の部分を2か所引用しておこう。

 

『南北相法極意修身録』の二巻以降は問答形式になっているのだが、ある人がこう問うた。

 

「我、非運にして大いに窮す、故に此の度、神を祈る。この願、満足あるや」

 

この問いに対して南北先生はこう答えた。

 

「大いに非なり。神何れに有り、汝が欲する所、周く神や其の感応、おのれが一念の通ずる所に従って、悉く願、満足あるべし。千日千夜祈るといえども、己に実あらざれば神明、いずれにあらん。又実をもって祈らんと欲せば、我が命を神に献じ奉るべし。夫、食は我が命を養う本(もと)たり。是を献じ奉る時は則ち我が命を献ずるが如し。‥‥猶別に献ずるにあらず。日々膳に向い、我が念ずる所の神仏を心中に観じて曰く、只今三椀の食一椀献じ奉る、と心中に祈念し、而して我二椀食す」

 

ちなみに南北先生が記した文章は漢字や仮名の使い方が独特だから、慣れていないとちょっと読みにくいかもしれない。

 

もう1つの神に関しての文章がある。「神に奇得なし、皆己に奇得有り」という部分が言い得て妙だ。

 

「神は周く神なり。故に衆人の心中に住みし玉う。以て神に奇得なし、皆己に奇得有り、爰を以て神は正直の徳に会まり、慎みの頭に現じ玉う」、と述べている。

 

『南北相法極意修身録』が刊行されたのは文化十年(1813年)だから、今から200年くらい前になる。当時の人々が読了後にどういう感想を抱いたのか知らぬが、私が初めて読んだ時は、本当に衝撃を受けたものだ。

 

なんせ人相術の大家とか中祖と呼ばれた人が、『南北相法後編』で革新的な気血色や流年の観方を公開した10年後に、突如として「先生飲食を厳重に定むる事のみを弁じ給いて吉凶を弁じ給わず、是、吉凶を弁ぜざれば相者の体有って用なきがごとし」と門人に言われるような境地に至ったからだ。

 

つまり、それまで人相を観て吉凶を断じることに長けていた人が、「相は実相なり、無相なり、故に予が相法に於て万事吉凶悉くなし。然れども食を本として天地の定理を知り、其の格を知って吉凶を相す、是を是とす」とか、「食は本(もと)なり。其の本を厳重に慎む時は、外は枝なり。論ずるに足らず」などと言い出したのだから、まるで天地が逆さまになったような気がした。人相など論じるに足らず、まずは食を慎めよ、人相が良くても食を慎まなければ不幸になるし、人相が悪くても食を慎めば幸福な人生になる、他力本願的に神頼みする前に、食を慎みなさいよ、と説いたのだ。

 

今回、比較的著名な雑誌で水野南北について取り上げられたのは良かったけれども、またもや南北先生が主張したかったであろう真意までには至らなかった。ゆえに、ここに南北相法極意の一端を知ることが出来る文章をいくつか挙げておこうと思う。

 

「唯、食を本(もと)としてこれを道の初めとす。以て飲食の事を多く弁ず。皆これ心身を治めんが為なり。凡そ、心身を養うの本は食なり、これを厳重に養わざれば心身厳重ならず、尚心身厳重ならざれば身を治むる事能わず、是を以て食を本とす」

 

「我何をもって生じ来たり、何を以て施す、唯、己が持ち来たりたるものは食なり。是を施すをもって実の陰徳と云う。然れどもおのれ十分に食して施す時は、これ施すに非ず、皆其の受くる人の食なり。己が飯一椀をひかえて半膳を施す時は、是を実の施しと云う、大いに陰徳なり。常に是を行う人を以て実の陰徳者と云う。その徳、終に天地六合に満つる。是くの如きの人は短命といえども寿あり、貧といえども福あり、万凶万悪を亡ぼす、故に十方に敵なし」

 

「己より欠かざれば天より自然と欠き玉う。尚天より欠く時は窮しむこと多し、自ら欠く時は安くして困(くる)しむこと少なく、尚満つる事はやし」

 

「生得、多病貧病あるものにあらず、皆おのれより作(な)す所なり。何ぞ人の知る事にあらず。猶、天の作さしむる所にあらずや。唯、慎みを本として食を節に減じ倹約を守るべし。然る時は自ら富んで病を治す」

 

「尤も食は人の大小強弱によって多少有りといえども、先ず三膳を常食とす。是を慎む時は二膳半と定む。猶三度の外(ほか)飲食をなさず。最も塩魚の外、美食を食わず、是を堅く(難く)相守るべし」

 

「業を作さざる所以の物(者)は、平生に酒肉を楽しみ、飲食妄りなる故に心自ずから乱れ、気ずるくなって今日も業をなさず。又、食過ぎるが故に明日は気分悪しくして又業をなさず。日々是くの如くにして終(つい)に病を生ず。是みな、慎み悪くして食定まらざる故なり。爰を以て食を慎み、厳重に定むるを本とす。食厳重なれば我が心則厳重なり」