悪しき行いを正しいと思い、
自らを正当化する。

他者の犠牲を、当然として受け入れ
自身の幸福をその上に築く。

そういった
不安定で、見せかけの幸福は
時がくれば一瞬にして崩れるものだ。

しかも、その滅びの時は意外と遅いものだから、
多くの悪事を繰り返し、
他者を苦しめ、辱めて、
罪を重ねて行く。

だが、ついに滅びるときは一瞬で、
手の打ちようがない。

つまり、後悔であるとか、
再起を許さない。
為してきた事の罪深さが、
そういった猶予を与えないのだ。

そうして死を迎える。


死は人生の終わりか?
罪もそこで終わると、
死が贖罪となると思っているのかね。


違う。

人生に終わりはない。

死は終わりではない。


考えてみたまえ。
君は願って此処へ生まれてきたのか?

違うだろう。

望んでいなくても、人は生まれ、
人生に呻吟する。

恵まれた者と不幸に喘ぐもの。
健康な者と病に苦しむもの。
幸福と不幸。
この差は何なのだ?

生まれた瞬間から、
人生には差がある。

それは結局、過去に原因があるからだ。

原因と結果。

つまり、簡単な事なのだ。

今の現状は過去に原因があり、
未来を作るのは、
今なのだと言うことだ。

人は望むと望まざるとに関わらず、
生き続ける。
死と生を繰り返しながら。

では、どう生きるのだ?

それが肝心なのだ。