合宿の時に、久しぶりにI熊先生に稽古をお願いした。この間書いたように、その時足が非常にだるくて、いつもより、自分の出足に自信がなかった。
その上に「I熊先生は強い!」っという気持ちがあるから、常に先生の打ちに、間に合わないという心があった。
そこで、「せめて(攻めてではなくて、打たれないように)手元は浮かさないようにしよう」と、竹刀の握りに力が入っていた。
小手を打たれても手元が浮かなければ、なんとかなるかというセコイ考え(笑い)
それでも、浮かされて小手は打たれる。出て行けば小手を押さえられる。
待っていれば、面が伸びてくる。
それでも、必死で向かって行ったが、軽くいなされる。
完全に気位が違う!
終わって批評をいただいたら「右手に力が入りすぎて、ガチガチですね」と言われた。
そうか・・・・。右手に力が入っていたかあ・・・。そういえば、小手面を打ったときに、右手で打っている感じがした。
実はこの間、別の先生に、「最近の稽古を見ていると力が抜けていい面が打てています。」と言っていただいた。(誉めていただいたことは、いつも心にしっかり覚えています。)
それで、ちょっとI熊先生にもうまくいくかなと思って稽古した次第でしたが、全然だめでした。
なぜかな?とツラツラ考えてみると、「中学生には力が抜けて軽く面が打てるのに、I熊先生にはなぜ、ガチガチになるのか?」 気で押されていたからです。気位が負けていたから・・・・。
剣道の技術は人形にだったら、キレイな面は少し練習すれば打てる。
しかし、いくら基本を練習しても、気位で負けていれば、絶対にきれいな面は打てない。
基本も大事だが、気位を鍛えなければいけない。この気位を鍛えることが大切だ・・・・・。
っで、どうすればいいの?
O園先生がいつかおっしゃっていた。「気を練るということは、強い先生の気を正面から受け取る稽古を続けることだ。その時は絶対に負けるが、その稽古を、逃げずに、続ける時、その気を自分に貯めることができる。自分よりも弱い相手との稽古より、上手の先生に稽古をお願いしていくことの大切さはそこにある。負けているのを嫌がらず、しっかり気を受け止める。その時は、気位に負けて、ボロボロになる。しかし、その稽古が自分の気を鍛える唯一の方法です。」
この言葉を思い出した。
気位は上手の先生から受け取るんだ!。
月曜会の稽古はその最適な機会だ。一回、一回大事に気を受けていこう!!。
そういえば、最近今まで負けていた人が、あまり恐くなくなってきた自分を発見する時があります。
これは、少しは成長しているのかもと思っていますが、まだまだこれからです。