●学生時代は準硬式野球のほうで活躍なされていたようですね。
学生時代は野球漬けの毎日でしたね。六大学リーグで4回優勝。3年の時には全日本大会で全国優勝しました。サードを守っていました。
●社会人になってからの経歴を教えてください。
1986年早稲田大学教育学部卒業後、同年(株)西武百貨店入社しました。西武百貨店が時代の先取りをしていた華々しい時代です。私は主に販促マーケティング部門を歴任しました。。
2003年、39歳の時に三木谷浩史との出会いをきっかけに楽天(株)に転職しました。そこではユーザーマーケティング部門を立ち上げました。
2004年9月に楽天がプロ野球参入表明し、準備室担当部長を兼任。同年11月に新規参入が決定したと同時に、(株)楽天野球団取締役球団代表兼チーム統括本部長に就任しました。
2012年より取締役連盟担当となりますが、私個人はその時期からアメリカ外食進出の準備を開始し始めました。。そこで初めて外食事業と関わっていきます。
2013年3月に「和食文化、おもてなし文化を世界に伝え感謝される企業」を経営理念にアメリカ・ワシントン州にPlentyUSA Inc.を設立。
2014年4月に「Santouka Bellevue店」を山頭火としてアメリカ・メインランド初となる路面店を開店、その後2015年2月に2号店となる「Santouka Harvard Square店」を開店した。今年4月にはボストン・バックベイに3号店を開店予定。
●山頭火との出会いを教えてください
西武百貨店時代から池袋の山頭火によく通うファンでした。山頭火を運営する(株)アブ・アウトの菊田社長が仙台に在住しており、球団時代に菊田氏と出会う機会がありました。丁度そのころ、アメリカに山頭火のフードコート1号店が開店、その人気を目の当たりにしました。さらに海外出張で渡米した際にアメリカにおける日本食の可能性を感じた事もきっかけとなり山頭火のFC店を展開することを考えました。
●何故アメリカを選んだのですか
人口、経済環境、アジアマーケットなどビジネスのポテンシャルとして非常に大きな可能性のある国としてファーストステップとして選択しました。今後はEU圏も視野に入いれて活動中。そして、最終的には発展途上国の子供たちに日本食を提供したいという大きな夢があります。でも何よりもアメリカは可能性を感じさせる「チャンスの国」であることを実感しています。
●アメリカに進出して苦労した点を教えてください。
文化風趣の違いや言語の壁はよく言われることで、弊社も例外ではなかったですね。。現在ワシントン州とマサチューセッツ州に店舗を構えているのですが、合衆国なので州単位で法律が異なる(最低時給、消費税、労災保険など)ため特に労務管理の部分で煩雑になります。
さらに日本と違いレストランはチップ制があったり、ある程度会社が大きくなると健康保険の義務化などが生じて固定費も上がる。そういった意味ではバック・オフィス(本部)をしっかりさせないと店舗が機能しない。
また、アメリカ人スタッフは流動性が高く、それも考慮に入れた人材採用をして維持させることも苦労する点ですね。。
●アメリカ進出の面白さはどのような点にありますか
なんと言っても売上規模の違い。2店舗共に50席以上のレストラン形式で展開しているが、競合乱立の日本のラーメン店からは想像できない規模の売上を獲得しています。。
また弊社の戦略ターゲットはアジア人ではなくアメリカ人。オープン当初は中国人や日本人客が大多数であったけれど、次第に白人のお客様が増えてきます。まさに日本食をアメリカで拡販できていることを実感できます。特に、東海岸は地元メディアに出ると顕著に客数や売上に反応が現れるのでおもしろいですね。。また、路面店でサイドメニューを充実させているので、新メニューなどいろいろ試せる事も醍醐味の一つです。
●料飲稲門会の若手に期待することを述べてください
ご存じの通り、今世界中で日本食ブームである。私がこの会社を立ち上げたのはそのブームに乗っかるためではなく、次の世代の若手に世界を舞台として活躍できるグローバル人材になって欲しいという想いもひとつの理由でした。弊社では25歳と30歳の若手が2店舗の店長として結果を出しています。是非、料飲稲門会の若手の皆さんにも積極的に世界に飛び出して自らの可能性を試してほしいと思います。
●貴重なお話ありがとうございました
ワシントン州ベルビュー店 |