がっかりはいつでもやってくる。

自分が望んだ未来が来なかった時に。

事前に自分が望むものが描けていた時に。

幼い頃、この「がっかり」が大嫌いで

望まないことを選択しようとして、

けれど、いつもそのがっかりは

どうしたって心に浮かんできていたなあ。

 

過去と未来に跨って考えれば

当然、がっかりも付いてくる。

 

私はいつもその瞬間の一つだけでいっぱい。

繋がることへの期待がないわけじゃない。

でも、その瞬間の何か一点にしか集中できない。

次のために、今をこなすように

がっかりしないように今を過ごしても

がっかりはしないけど、周りに合わせてるから苦しい。

自分がよくなかったんじゃないかと思えば苦しい。

 

日々いろんなことがある。

誰にでもある普通なこと。

私の過去、嫌なことリストアップ。

 

恋人にふられたりとか、

歌が録音し直しになったりとか、

近しい人が亡くなったりとか、

お金が入ってこないとか、

猫が死んじゃったりとか。

 

恋人にふられたあの時は、

初めて眠れなくなる怖さを知りました。

人が亡くなった時は、

初めて何もなくなる怖さを知りました。

猫が死んじゃった時は、

初めて後悔を覚えました。

お金が入らなくなった時、

自分の価値がない悔しさを覚えました。

歌を撮り直しした時は、

自分が下手だからダメなんだと思いました。

 

でも、それが起こった瞬間は、

眠れない!どうしたらいいか?と探っただけ。

人が亡くなった瞬間は、ただ見送った。

猫が死んだ時は、感謝が溢れた。

お金が入らなかった時、仕事を見つけようとした。

歌の撮り直しが決まった時は、練習しようとした。

 

事が起こって、嫌な気持ちが湧くのは

そのあとに、それを思い返した時なんだなあ。

 

事に出会った瞬間は、

五感第六感で機能として受け取ること。

考えることや思うことは

そこから、あ〜だこ〜だ自分の意見が生まれていること。

意見という名の過去の経験と

見解という名の未来の予想。

 

がっかり、は、考えてるだけ。

そんな考えが勝手に湧いてくるだけ。

他の人はがっかりしないことでも

私はこの世の終わりくらいに

がっかりしている。

みんなそれぞれの尺度で

喜怒哀楽している。

 

だからと言って

がっかりが消えるわけじゃないけれど、

湧いてくる時間は少なくなった。

どちらにしても、

過去未来を忘れて、その瞬間に必死にやってきたことの結果。

だから、これ以上も以下もない。

思いめぐらすものが何もない状態で、

がっかりも受け入れて

それを燃やしてしまうくらいに

今という瞬間にあろう。

過去と未来に想いを巡らすことがなければ

がっかりもまたすぐ消えていく。