今、テレビを見ていると阿久悠さんの特集をしています。

 

私も阿久悠さんたちの世代に歌詞を学んだプロデューサー、ディレクターさんたちから作詞のイロハを学びました。

 

五感を使って言葉を表現すること。

愛してる、という気持ちを、触れる感触、目で見る風景、味わい、香り、音で書いてみる、というのがスタートでした。この作業は、自分の感情に向き合うことにあり、『愛している』は、自分にとってはどういうことを意味するのか?を思いめぐらすこととなります。

 

そして、また、歌詞の作り方には喜怒哀楽などいろいろあります。

結論から言えば、もうそういうベースメントを味わったらもう独自でいくのがいいのだと思います。基本が分かってできたらなら、もうメロディーに沿わせて言葉を広げる。歌いやすい発音にベースを置いてもいい。なんでもありなんです。でも、ベースの理解=伝わるという意味が分かってない人の歌詞はすぐバレますけれど。

 

そして、もう一つ。

その歌詞を歌い手はどう表現するのか?という点を。

 

私は、表現する、ということにとても興味?というか、意識を置いて生きてきました。

表現する=伝える と単純に理解していたから、どうしても言葉に思いを乗せて声を絞り出していたような気がします。でもそれを突き詰めてプロとしてやっていけるかというと、行き詰まるんです。。。私はここがラッキーだったと思います。

 

私は、音大在学中にデビューしました。当時は、バブルの陰りはあるもののCDリリースラッシュが続いている頃にポン!と拾われてのデビューでした。本当にバンドでワイワイ!って楽しんでいるうちにソロでのデビューとなった感じです。何も苦労せず、見えていたビジョンのまま歌手になりました。

 

そして、初めてプロとして歌うことになったわけです。

でも、否定されることはなく、それなりの形になってリリースが続いたのは、音大に行けたわけですし、その程度は音楽の基礎があったこと。けれど、初期は自分で何かを作り上げることはなく、渡された歌詞を歌うだけでした。

 

正直大好き!という歌詞ではなかったので、、、思いはあまりなく歌っていました。

その後、好きなようにやれるバンドでのデビューで初めて思いっきり歌詞を書き歌いました。でも、それでもやっぱり満足できない気持ちが募り、いろいろあってバンドから離れる決心をしたわけです。

 

その後、ソロ活動をし、キーボードやギターの弾き語りもしましたが、やはり何かしっくりとはこず、やりすぎ感の残るライブばかり。若い子には受けます。憧れられますが、なりたい私へと行けている感じはなく。その頃です。。。

 

「歌詞の意味をわざわざ説明するように歌う必要はないんだよ。」

 

この言葉は、大御所のレコーディングスタッフからの一言でした。

 

歌詞はちゃんと一人で言葉として意味を伝えてくれている。

だから歌い手まで、思いを込めて歌い上げる必要はないんだ、と。くどくなるでしょ?と。そうか、私のくどさの理由。。。はここだったのかと。

『じゃあ、歌い手は何をすれば?』

そう、メロディーと和音の流れに乗る船に立ち歌うだけでいい。歌詞の意味は聞いている人が自分で受け取るもの。歌手がこうだ!と思いを込めすぎない方が、曲がそのまま人に伝わる。

 

分かりますか?

 

多分、私の言葉の表現力では伝わりきらないと思います。

でも、私はここで、歌詞の言葉尻を捉えてあれこれ表現するのを辞めました。力が抜けました。そして、メロディーの波に合わせて、声も波打つようになったのです。その波に合わせた言葉のパワーを持った歌詞ならば、それだけで思いは伝わるんです。

 

じゃ、感情は?愛とか悲しみとかは考えないの?

 

考えはしません。

ただ、歌詞全体のストーリーを理解しきったら、小説の本を閉じるように一旦閉じます。そして、その本をまた眺めた時、一体どんな気持ちが、体のどの場所でどんな風に感じられるかを受け取ってみるんです。小説のストーリーを説明しきれないように、説明はいらないんです。ただ一つだけ湧いてくる思いだけ。それを言葉をつけず大事に抱えて、そのまんま歌えばいいんです。

 

ふぅ。

 

思うまま書きました。

レッスンでは、こういうことお話ししていますが、

言葉にまとめるのはムズカしい世界です。

感じること、言葉に落とし込む前の世界。

それが音楽だから。。。

 

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