恋の始まり7 | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

最終学年を迎えた。

この1年は、国家試験対策にゼミとさらに忙しくなる。

私は先生のいる部門をゼミとして選び、さらに半年、通うこととなった。

 

 

「まっちゃん、ホレ、カノジョ来たよー」

 

賑やかな控え室では今日も賑やかに冷やかす声がする。
実習以降、どうやら慕う気持ちはあっちこっちにバレていたようで、同期には「えーっ、何で?」と言われ、ここでもネタとして盛り上がる。


他部門では、誰かとナントカ先生がどうやら本格的にムム・・・となったとかならないとか修羅場がどうとかの噂が流れることもあり(トレンディドラマ真っ盛りの時代)、それらは水面下でこっそりと、でも「皆知ってる内緒ごと」として広まっていたが、

 

 

「ま、どれだけsanaちゃんが言っても、まっちゃんは手を出さないでしょ。シモネタにはくいつくけど、そういう感じじゃないよね。」

「うん。それに、sanaちゃんもそういう意味の好きとはまた違うんでしょ」

 

「・・・うん」

 

 

そう、そうなのだ。

慕う気持ちは、人一倍。それはホント。

ゆえに、定期テストや模擬試験ではいやおう無く光る眼鏡の奥の目が怖ろしい。

好きであり続けるためには、
「よくできる学生さん」であり続けなければならない。いや、ありたい。

むりやり、ではなく本心からそう思う。


女子高育ちゆえの男性に対する宝塚的思考は、憧れを肥大化させる。

数年経ったとて、簡単に抜けることが無い。

 

それらが集まり混ざり合うことによって

 

先生が好き。だから下手な成績を取るということがあってはいけない。
一生懸命頑張らなければならない。

そして、私がどんなに好きでも、手が届くところに下りてくるような先生ではない。

だって、結婚してるし、こないだ子供さんも産まれたし。

だから、こちらに恋愛感情を持つことなどありえない。

安心して好きのままでいられる。

 

叶わないが故にモチベーションが上がる。濃い目のファン心理と言おうか

パスケースにアイドルの写真入れて勉強する前に眺める!みたいな理屈が誕生していた。

 

 

まわりの友人たちと違い、キスすら経験の無い頃。

今思えば、それはそれで必死な、キラキラの片思いだったんだけれど、

 

 

30代前半のいい大人の男性が、この理屈につき合ってた、もといつき合わされたのかー・・・。センセ、気の毒。

25年経って思い出しても「申し訳ない!」と顔を覆いたい気分にかられます。

ものすごーく段差の低い、スモールステップからの教育、だもの。

 

 

ま、このあと徐々に鍛えられてはいくのですが。

 

 

 


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