<ケイン、
ハリディ、
プロンジーニ>
1465「郵便配達は
二度ベルを鳴らす」
ジェームズ・マラハン・ケイン
長編 田中西二郎:訳 新潮文庫
フランクがふらりと飛びこんだ
街道わきのサンドウィッチ食堂は、
ギリシャ人のおやじと若すぎる女房コーラがやっていた。
この店で働くことになった彼は、
やがてコーラと ”いい仲” になり、
ニック殺害のために完全犯罪を計画するが……。
本編は、ケインの処女作長編で、
本格的ハード・ボイルド作品として、
現代アメリカ文学の一傾向を代表する
名作のひとつに数えられている。
<ウラスジ>
◯ハードボイルドというよりも、
犯罪小説(クライム・ストーリー)。
◯この作品に「郵便配達員」は出てきません。
◯表題の意味するところについては諸説あるようですが――
◯私は ”念には念を入れる” 風なものと聞き及んでいます。
◯というのも、原題は、
”The Postman Always Rings Twice”
◯もともと初訳出の時は、
『郵便配達はいつもベルを二度鳴らす』
だったそうですが――
◯この田中西二郎さんの翻訳以降、
”いつも(Always)”
が無くなった表題が流布してしまったようです。
<本編>
ある意味完全犯罪は達成されるのですが、
その後の紆余曲折で最後は、
悲劇というよりも「<悲惨な>状況を招きます。
この
”モーテルにふらりと立ち寄った若い風来坊が、
そこの若妻といい仲になって――”
みたいなストーリーですが――。
こと映画に関しては、
アメリカのハードボイルド(or犯罪映画)というよりは、
フランスのフィルム・ノワールのような雰囲気を
漂わせているような気がします。
だからという訳じゃないんでしょうが、
真っ先に映画化されたのは戦前のフランス、
そしてこの後紹介するイタリア――
と、戦火の欧州が本家のアメリカを差し置いて
映画化を行なっています。
私も記憶は定かではありませんが、
似たようなシチュエーションのフランス映画を
観たような――。
ロベール・オッセンが出てたっけ。
フランスのフィルム・ノワールの作り手が大好きな、
ハドリー・チェイスあたりの原作をアレンジして――。
『めんどりの肉』?
1466「死の配当」
ブレット・ハリデイ
長編 丸本聰明:訳 早川文庫
私立探偵マイケル・シェーンのアパートを尋ねてきた
富豪令嬢フィリス・ブライトンはこんな話を始めた
――
彼女は病身の継父を静養のために
マイアミに連れてきていたが、
間もなくニューヨークに残っていた母が会いにくる。
その母を自分が殺すかもしれないから
監視してくれというのだ。
信じられないような話だ。
半信半疑のまま、
シェーンがブライトン家を訪ねると、
すでに母親は刺し殺されていた!
あの純真そうな令嬢が?
この怪事件の裏には必ず何かがある
……
陽光降り注ぐマイアミを舞台に、
ハードボイルド・ヒーロー、
赤毛のシェーン登場!
<ウラスジ>
マイケル・シェーンには個人的な思い入れがあります。
高校のころ、
なぜか大阪梅田の紀伊國屋で、
何でもいいから英語の原書のペーパーバックを
2冊買ったんですが、
そのなかの一冊が<マイケル・シェーンもの>でした。
(ちなみにもう一冊は『007/ドクター・ノオ』)。
選んだ理由としては
表紙がエロチックだったから。
(全裸にシーツをまとった女性がシェーンに縋りついている図)
ただし、
マイケル・シェーンものは性描写が少ないので有名。
看板に偽りあり。
で、題名は……
忘れてしまいました。
<本編>
<ウラスジ>のあと、
シェーンは結構な目に遭います。
四五口径のオートマチックが続けざまに四回、
オレンジ色の火を噴いた。
シェーンはよろめき、半ば通りのほうに向きかけたが、
そのまま崩れるようにコンクリートの歩道に倒れた。
シェーン、危うし。
このあと病院で、
救急車の付添夫にこう言われます。
「あなたは探偵のマイケル・シェーンさんでしょう?」
シェーンは頷いて見せた。
付添夫は気持のよい微笑をうかべた。
若い男だった。
かれは賞賛するようにいった。
「やつらにあなたを殺すことなんかできませんよ、ねえ?」
なぜか印象深いシーンとして残りました。
マイアミじゃ、有名人。
このあと、ラファエルの絵が登場し、
『血の収穫』もしくは『用心棒』的展開となり、
最後の一つ前の章で、
本格推理小説風の種明かしが行われ、
「これで、間違いなく配当はこっちの手に入るぞ」
といった表題につながる独言が放たれ、
のちに結婚する依頼人のフィリスと接吻して、
ハッピーエンド。
<余談>
このハリディというかマイケル・シェーンというか、
カーター・ブラウン並みとまでは行かないけれど、
ポケミスで20冊近く出ていたのに、
文庫だと、
『死の配当』
『死体が転がりこんできた』
の2冊のみ。
なんなんでしょう。
……とりあえずは
”死体が転がりこんで”
くるのを待ちましょう。
1467「 誘 拐 」
ー名無しの探偵シリーズー
ビル・プロンジーニ
長編 高見浩:訳 新潮文庫
主人公の私立探偵は、孤独な中年独身男。
パルプ・マガジンの収集が唯一の趣味で、
喫煙過多による性悪な咳の発作に苦しめられている。
男の子を誘拐された父親の依頼で、
犯人に身代金を届けに行くが、
事件は意外な発展を遂げ、謎は謎を呼ぶ……。
ネオ・ハードボイルド派の旗手が、
霧のサンフランシスコを舞台に
陰翳豊かに描く、注目のサスペンス――
”名無しの探偵オプ” シリーズ第一弾。
<ウラスジ>
久々に聞いた
”ネオ・ハードボイルド”
という響き。
なんでも言い出しっぺは小鷹信光さんのようですが、
小鷹さん自身、
『探偵物語』を書いていらっしゃいますからね……。
1970年前後から台頭してきた、新しめの私立探偵もの。
特徴とて挙げられているのは、
1.探偵のキャラクター付けの重視。
2.タフガイの衰退。マチズモ(男性優位主義)の終焉。
3.社会的問題の扱い方が、自分のフィルターを通すようになる。
4.つまり、探偵の個人的問題を通して社会を描くようになる。
5.よって、探偵自身の事件へののめり込み具合が強くなる。
あと、
この名無しの探偵を別にすると、
やたら健康的になったような気がします。
ジョギングしたり、ジムに通ったり――。
で、一応
”ネオ・ハードボイルド”
とされていた作家とレギュラーの探偵を
何人か挙げておきます。
ビル・プロンジーニ
(名無しの探偵) これ。
マイクル・Z・リューイン
(アルバート・サムスン&パウダー警部補)
*スピンオフのパウダー警部補のほうが食いつきがよろしい。
家庭菜園みたいなのをやってたっけ
ロジャー・L・サイモン
(モウゼズ・ワイン)ヤク中。
ロバート・B・パーカー
(スペンサー)ファーストネームは謎。
ローレンス・ブロック
(マット・スカダー)八百万。
<本編>
……というより、
最後の独白の部分に波線を引いている部分があって、
それを抜き書きして、お開きにします。
きみがおれをどう変えようと望んでも、
現在も、また将来も、
おれはおれでありつづけるだろうさ。
だからこそ、二者択一を迫られた場合、
たとえ君を愛していようときみを選ぶことはできんのだ。
おれはおれでしかない。
おれであることをやめたり、
別の人間に変ろうとすることなど、
できるはずがなかろうじゃないか。
恋人エリカに対しての物言い。
ちょっと泣き言っぽくもあります。
で……。
マクベインの『通り魔』のところで言った、
”泣きのミステリー”
の真髄がこのモノローグに集約されているのです。
<余談>
このセリフと真っ向から歯向かう物語(?)が
ウィリアム・メルヴィン・ケリーの
『聖パウロと猿たち』。
こっちは思いっ切り、
女に引っ張られ、自分を変えてしまいそうな感じ。
まあ、<名無しの探偵>の方は、
大人っちゃ大人ですねえ……。
<余談のおまけ>
ビル・プロンジーニの ”名無しの探偵” は、
コリン・ウィルコックスの ”ヘイスティング警部” と
『依頼人は三度襲われる』
(文春文庫/近日登場)
で共演しています。
で……。
舞台を日本に移して――
名無しの探偵を演じていたのが緒形拳さん。
ヘイスティング警部を演じていたのが菅原文太さん。
もし
『依頼人は三度襲われる』が
ドラマになってたら、映画並みの大スター共演に
なってたでしょうね。
【涼風映画堂の】
”読んでから見るか、見てから読むか”
◎「郵便配達は
二度ベルを鳴らす」
OSSESSIONE
1942年(伊)
製作:カミロ・パガーニ
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/ジュゼッペ・デ・サンティス
マリオ・アリカタ/ジャンニ・プッチーニ
撮影:アルド・トンティ/ドメニコ・スカラ
音楽:ジュゼッペ・ロサーティ
原作:ジェームズ・M・ケイン(クレジットなし)
出演
クララ・カラマイ
マッシモ・ジロッティ
フアン・デ・ランダ
ディア・クリスティーニ
エリオ・マルクッツオ
* 本来なら、ボブ・ラフェルソン監督、
ジャック・ニコルソン、ジェシカ・ラング主演の
1981年度作品を挙げるべきなんでしょうが――
* あいにく私の映画ノートには記載がなくて――
* ヴィスコンティの処女作というのもあって、
この作品を選びました。
* ”クレジットなし” はイタリアの専売特許らしい。
* レオーネの『荒野の用心棒』と言い……。
* 年代からして、
ロッセリーニの『無防備都市』
デ・シーカの『自転車泥棒』
とともに、
”ネオ・アリズモ”
の作品ってされてるが――。
* それは『揺れる大地』だろう?
* 舞台や設定は変わっても、作品の本質は変わらず。
* それを地で行く映像美。
* ヴィスコンティ。
* ベルトルッチが後継者になるのかなあ……。