あのブリーフィングの映像を見たら、7人が呼ばれた意味がわかりますよね。
部屋が記者で溢れかえり、ホワイトハウスのHP同時接続数が記録的な数字となり、世界中のテレビ局で報道される。
アジア人のアイドルがホワイトハウスの執務室に入り、アメリカ大統領と意見を交わす。
今回のことは本当にただただ凄いことだと思うし、あり得ないことだと思う。
それと同時に、星条旗の前で、アメリカ大統領とホワイトハウスへ感謝の気持ちを述べている。
なんとも不思議な光景だなぁ、とぼんやり思う。
質問は一切受け付けない、とピシャリと断る報道官の対応が素敵だったし、緊張する7人を少しでもリラックスさせるような紹介の仕方、振る舞い、気遣い、素晴らしかったなぁ。
そしてメンバーがくれたメッセージも素敵でしたよね。
みんな本当に緊張している様子だったけれど、立派でしたよね。
本当にナムジュンがいて良かったと思うし、ナムジュンがいなかったらこうして呼ばれていなかったとも思う。
そのナムジュンがセンターでしっかりと冒頭の挨拶をし、笑顔で皆を引っ張る。
ジンパートのアルファベットの羅列のところで、「WWH・・あ、間違えたAANHPIコミュニティ・・」なんてかましてくれたら良かったのになぁ、なんて思いながら見てました。(するわけない)
ジンのパートの前にお尻をポンっとしたホソク。
視線を合わせるナムジュンとジン。
相も変わらず優しくて聞き取りやすい言葉で話すジミン。
緊張のあまりかホソクにピッタリくっつく可愛いユンギ。
部屋に入った途端「わぁ」と声を上げ、何度も胸に手を当てるテヒョン。
ただ1人だけ原稿に目を落とすことなくメッセージを伝えたジョングク。
国連の時もナムジュンは「ちゃんと原稿を見て間違いなく話せばいい」と言っていたし、本人も毎回原稿をしっかり読む。
でも、前回も今回もジョングクはなるべくソラで話したいんでしょうね。
自分の言葉として伝えたいんだろうなぁ、って全部完璧にしたいジョングクらしいなぁ、って思いました。
ユンギパートとテヒョンパートのメッセージはきっと印象的に多くの人の心に残るものだったと思います。
素敵でしたよね。
私が個人的に気になったのは、ジョングクパートの「韓国のアーティストが作った音楽が・・・」で始まり、音楽の素晴らしさや可能性について話したところ。
反アジアンヘイトが主題である今回の訪問の意図とはちょっと毛色の違う部分。
そして最後のナムジュンパートの「アーティストとして何が出来るかを再認識」という文言。
これは自分たちの立場を今一度明らかにし、数々の批判に対するアンサーのように思う。
こういった時、スピーチライターがいるのが普通で、どこまで本人たちが関与しているかはわからないし、織り込みたい要素、文言のすり合わせは双方でなされ、きっちりチェックも済んだものだということはわかっているけれど、ここは彼らとしてどうしても入れたかったところなんじゃないかなぁ、って思う。(勝手な想像)
正直に言って「音楽で平和を」みたいな戯言が通用しないのが差別だと思う。
彼らがどんなに素晴らしい音楽を世に送り出しても、どれだけ人気が出ても、だからアジア人はすごい、とはならない。
アジア人なのにすごい、アジア人だけどすごいはあっても。
「アジア人初」「K-POPアイドル初」「日本人初」
この言葉、なくなりませんよね。
それでも、彼らはアーティストとして出来る事をやろうという姿勢であるということ、音楽の可能性を信じていることをはっきりと言葉にして世界中へ伝えたのだと思う。
バイデン政権になってからは特に多様性を重要視し、マイノリティや差別に対しての施策にポイントを持ってやってきたように思う。
それは本当だと思う。
だけれど、控える中間選挙。これは政治。
その状勢を知れば、全てにおいて崇高な目的だけでこのことが起こったわけではないことは明白。
言葉は悪いし穿った見方なのかもしれないけれど、そのアピールにもってこいだったのが、この報道官とBTSであることは間違いないと思う。
でもそれもわかった上で、彼らはこの要請に応じていると思う。
これを受けることで集まるであろう非難も承知なのではないでしょうか。
それでも、この舞台でアジアンヘイトに対する対話をする方を選んだ。
それは彼らにとってもクリーンなイメージをアピールできる場であるからということも言えるが、それよりも多くの人に大きな意味を持って自分達の言葉を伝えることが出来ること、それが世界中でヘイトに苦しむ人たちの小さな救いになるかもしれないという希望を持っていることが理由なのではないかな、と思う。
そしてこうした行動が少しずつ、アジア人のイメージを変えてきていることは事実だと思う。
差別は無くならないし、アジア人というフィルターもなくなることなどない。
けれど「アジア人だから暴力を振るっても差別をしても何をしてもいい」という極端な思想になることを少しでも食い止めることができれば、世の中は変わっていくのだと思う。
彼らの想いが届いているといいなぁ、と思う。
うちらの推しは本当にすごい。
ファンならそう思うと思う。
私もそう思う。
ただもう1人の私がいる。
彼らはもう正直社会的弱者でも、差別を受ける側の人間でもない。
デビュー当時のように抑圧された精神を持ち、社会に不満を抱えた少年でもない。
チャーター便に乗り、ハイブランドを身に付け、安全に守られ、自由に休暇を楽しむ。
自分達は特別であり、特別扱いをされていることをわかっていながら、ある時は特別じゃない人たちの代弁者として仕事をしている。
この矛盾が私を混乱させ、時々私を思考の沼に落とす。
特別な人しか入ることの出来ない場所に行き、特別な人と話す。
それは誰かを救う素晴らしい仕事であることは間違いないけれど、圧倒的強者であるアメリカの大統領のアピールに乗り、わずかな接見時間のためだけに渡米し、そうして作った大事な時間をお互いに誉めそやすことに費やす。
アメリカ大統領は暇じゃない。
接見の時間なんてほんの数分かよくて十数分だろうと思う。
そして内容などないに等しいに違いない。
どうしても会って話さねばならないことなどないのだから。
つまりは会って話すことが目的じゃない。
会って話すことが本当の目的なら、先日の訪韓時に作れたと思うし、本気で意見を聞きたいのなら電話だってzoomだって可能だ。
彼らをホワイトハウスに呼ぶことが目的なのだろう。
イベントを締めくくる素晴らしいゲスト。
そしてお互いを讃えあい、笑顔で写真を撮る。
そう、指ハートをつくって。
もちろん是々非々で仕事を受けていると思っている。
良いものは良い、悪いものは悪い、としっかり見極めているのだとは思う。
だからバイデン大統領を全面的に支持したわけでもないし、アメリカに迎合したわけでもない。
単純に今回のこの法案の考えに賛同し、大統領の呼びかけに応じただけである、と。
彼らが政治的な立場を明らかにしたわけじゃないし、世の中を変えるには強者でなければ出来ないことがほとんどであることもわかっている。
でも本当にこれでいいのだろうか。
この自己矛盾を彼らは感じていると思っている。
感じないほど無神経ではないと私は思う。
ナムジュンがこの渡米が決まった時に真っ先にくれたWeverseのメッセージ。
私にはこの自己矛盾に苛まれているようにしか受け取れなかった。
言いにくそうに始まった冒頭。
今回のこの招待を、生きていればいろんなことが起こる、とし、良いことなので行ってくる、心配しないで、と言った。
この口ぶりは、思いもかけないこと、望んでいなかったこと、なのではないでしょうか。
良いことだとわざわざ言う必要はあっただろうか。
心配しないで、は心配するだろうと予測してるか、あるいは自分自身が不安だからこそ出る言葉。
終始、心がスッキリした状態ではないことが伝わってきたのは私だけか。
「えーと」「うーん」
文章なのにこんな言葉を選んで使うのに、ワクワク感は感じない。
彼らはもう、誰かの力を借りなくとも、自分たちの言いたいことは自分たちの力で発信できると思う。
アジアンヘイトに関しても既に声明を出したし、バイデン大統領がいみじくも言ったように、彼らの言動を見ていたら彼らのメッセージはきちんと伝わっていると思う。
いつまでもヘイトされる可哀想なアジア人、の代表としていなければいけないのか。
なぜこの法案を作ってくれたことに対して、ナムジュンがアメリカの大統領にお礼を言わねばならないのか。
都合よくアジア人であるということを利用されているようで、こうして引っ張り出されアジア人がヘイトされていることを目の前に叩きつけられ、コメントを求められる。
私は正直気持ちが晴れない。
私の気持ちなど晴れても晴れなくてもどっちでも良いけれど、もうそろそろ彼らを解放してはくれまいか。
このままでは彼らの本業に影響が出ると思う。
もう出てるんじゃないか、とも。
少なくともナムジュンには。
ナムジュンから言葉を奪わないで欲しいと心から思う。
「あなたたちの言葉に多くの人が耳を傾ける。」
「あなたたちがしていることは全ての人にとって善いことだ。」
「あなたたちが出すメッセージがとても重要だ。」
最大の賛辞だと思う。
でもこんなことを言われたら、こんなことを全世界の人たちから思われていたら、私だったらもう何も喋れない。
これは言葉の檻だと思う。
彼らのしてきたことは本当に素晴らしいと思う。
国連で何度もスピーチをし、大統領執務室に呼ばれサシで米国大統領と会談する。
もうこんなにすごいアイドルは出て来ないかもしれない。
求められるがままに正しくて善い人であろうと努力してきた結果、気がついたらこんながんじがらめの檻に入っていた。
ナムジュンは言葉を紡ぐのが仕事で生き甲斐の人ではないだろうか。
それなのに「言いたいこと」ではなくて「言っても大丈夫なこと」しか言えなくなる。
結果を出せば出すほど不自由になっていく。
誰にとっても善いこと、なんてこの世の中にあるだろうか。
それでもナムジュンは求め続けられる。
正しい発言を、崇高な想いを、素晴らしい楽曲を。
そんなことを続ければ
いつか、狂ってしまう。
もう終わりで良いのではないか。
自分たちで出来るから。
わかっている。
自己矛盾の塊は私だ。
目の前で起きている同じ事象を見て、やっぱりBTSってすげー!って誇らしく思う私と、もうやめたげて、って悲しくなる私。
なんなら、やめたげて、は通り越して、もういい加減自分たちでやめなさいよ、とまで思う。
でも断れませんよね、そりゃ。
断れるわけない。
どこまで行くのだろう、彼らも、私も。
こういうことが起こる度に、この自己矛盾で乖離していく私の気持ち。
これこそ究極にどうでもいい話で、私がどう乖離しようと誰も痛くないし、誰に影響もないのに、あぁ、なんと馬鹿馬鹿しいことかといつも思う。
幾つになっても、解決出来ない自分との付き合い方。
面倒だなぁと思いつつ、つくづくBTSは私たち一人一人がそれぞれに世界と繋がっているんだってことを教えてくれるのだな、と思い知らされる。
彼らを通して知る世界情勢。
彼らを通して知る私の想い。
彼らを通して知る私のめんどくささ。
でも、思う。
あなたたちはもうこれ以上善い人になろうと思わなくていい。
私がもっと善い人になるから。
はぁ〜、私がなったって彼らにはなんの得もないけどさ、でも彼らのために善い人でありたい、って思う。
彼らを見ていると、私の代わりに善い人であろうとしてくれてる気がしちゃうんですよね。
世界中のそれを背負ってくれてる気が。
だから一人一人が少しずつ考えて、少しずつ善い人になったら、彼らの重い荷物が少しは減るのかな、って思う。
そうすればヘイトや差別のない世界になるのかな。
いつかその日が来るように、その為に彼らはこうやって役割を請け負って矢面に立ってくれているのかな。
なんてことがずっと頭の中をグルグルしてる。
緊張が解けてナムジュンが良く眠れていますように。
無事に韓国に戻って、たくさんご飯を食べて、健康でカムバを迎えられますように。