先ほどWeverseよりお知らせがありましたね。

 

詳しい内容は確認していただくとして、要は

 

「公演中に勝手に写真撮ったり動画撮ったりしたら怒るよ!」

 

ってことですね。

見つけたら退場ね!っていう宣言。

 

これって当然前からそうなんですよね。

割と緩かっただけで。

 

ずいぶん前の記事にも書いたと思うのだけど(どれかはもう見つけられない)HYBEがアメリカ進出して例のイサカ(アリアナやジャスティンの事務所)の買収とかがあった時、これはこの先厳しくなるだろうなぁ、と思っていた。

 

今回だけでなく最近は度々このようなお知らせが出ていて、いよいよ厳しくなってきたなぁ、と実感。

 

これってすなわちマスターさんも取り締まられるってことで。

だってね、マスターかマスターじゃないかなんて明確な線引きないわけだし、そもそもマスターさんも非公認なわけで。

 

このお知らせは、撮ったものを使って二次利用や換金になるようなことを禁止しているのではなく、撮ることそのものも禁止しているわけで。

コンサートにおいて、と書かれてはいるけど、きっとどの場面でもそうなると思う。

 

今はライスト出来ちゃう世の中で、正直初日なんてあちこちでリアルタイムで観れていましたよね。

ユンギだってVライブで「見てましたよね」って言うくらいだし、やっちゃいけないことはわかっているけど、公然の秘密(見るか見ないかはその人次第だけど)なわけで。(超薄目ですよ、薄目観しかしてませんから)

 

韓国と日本ではコンサートの撮影禁止なのは前からだけど、あまりに普通に上がってくるから他国ではOKなのだと思っていて、久しぶりのPTDコンでバンバン上がってくる映像にアメリカでむしろよかったんじゃない?なんて友人と話していたくらいで。

 

でも、日本ではNGでアメリカではOKなのは一体どういう仕組みなんだろう、とちょうど話していたところ。

 

そうだとしたらアーティスト側としてはOKなのだという結論にしかならないので、そんなわけないよな〜と思ってなんか違和感だったんですよね。

 

だから、こうしてきっちりNGが出たことでむしろスッキリはするんだけど。

 

 

でも、本当に久しぶりのオフコン。

 

私は結局は映像でしか観れないのだからオンコンでもオフコンでもなんならDVDでも一緒だよね、って思ったそこのあなた!

 

全然違うんですよ、これが。

 

ファンカムのマルチ画面っぷりは最高ですから。

 

最近はオンコンもマルチ画面が登場して数個のカメラで見ることができるようになったけれど、ファンカムはもっとたくさんの角度から観ることができますよね。

 

ひとつのモーメントを多角撮影で観れるのはコンサートのファンカムならでは。

 

あぁっ!この背後でなにが行われているか観たい!!!

 

あぁっ!ナムジュンが影になってるそこが観たい!!(ナムジュンに悪意はない)

 

あぁっ!この後どうなったのか観たい!!!

 

あぁっ!なんでこうなったのか観たい!!!

 

のファンの声にお応えしてくれるが、現地にいる同じファンの方の撮った映像です。

 

それをつなぎ合わせて理解。ってのが、コンサートにおけるファンカムの醍醐味。

 

これに今まで私たちはどれだけ助けられてきたのでしょうか。

 

 

さらに言えば1年のほとんどを海外コンサートで過ごしていた彼ら。

 

その間も様々なコンテンツで楽しませてくれます。

 

でも、最もダイレクトにわかるのはファンカムで、海外アミのツイートで彼らを観ることができていた。

 

コンサートだけじゃないですよね。

 

本国の音楽番組や音楽祭でのファンカムやマスターさんによる空港やイベントサジン。

 

離れていても彼らが生きてる証拠を見せてくれるものでした(生存確認したいオタク)。

 

わかっていましたよ、ダメなのは。

 

でもあえて大っぴらにすることでSNSを使った拡散効果は絶大だったと思うし、事務所もある程度はグレーのままに置いておいていたのだと思うし、そこにペン文化があって、それでこそのK-POP人気の部分があったと思う。

 

特にマスター文化においては、他国ではあり得ないことだと思うし、もちろんそれに伴うトラブルもあったと思うけど、危ないマスターはちゃんと淘汰されて厳選されていき、それが彼らを支えていたこともあるのは、彼らのマスターさんへの振る舞いを見れば一目瞭然のこと。

 

ただのファンから始まったかもしれないマスターはもはや立派なカルチャーとして根付いていて、それがアーティスト飛躍の一因になっていたことは確かなことだと思っている。

 

 

さっき韓国での「パブリシティー権保護関連法改正案」が閣議通過したというニュースを見た。

 

 

これもきっと今回のお知らせに影響しているのだと思う。

 

マスターさんたちは基本的にグッズを制作してもその収益は自分の活動費やそのアーティストのために使っていると思っている。

決して儲けとしてやっているわけじゃないと思うけれど、これが出てしまったら単に儲けようとしている業者と同じ扱いになってしまう。

 

だって区別のしようがないもの。

どうしようもない。

 

マスターはあくまで人の善意と熱意とそれを理解している人たちのコミュニティあって成り立っているもの。

 

法的にはめちゃくちゃグレーだし、なんなら普通に考えたらクロなのだ。

 

だから、この法案はアーティストの権利保護のためにはもっともなことだし、これはBTSにとっても必要なことなのだけども。

 

つくづく思うのは、法や権利とカルチャーって相容れないものが絶対にあって、世界的に単一思想が進んでいる今の世の中では当然だけど力の大きい欧米化が進む。

欧米は権利社会だから、当然こうなるんだよね。

 

BTSのためなんだよね、本当に。

 

でも、マスターさんも一途に彼らのためにやってきたんだよね、本当に。

 

だからといって全てのマスターがちゃんとした人だったかどうかはわからないし、全てのファンがちゃんとした人なわけでもない。

 

だから、こうして会社が法的にも彼らを守っていくことは絶対に必要なことなんだけど、本当に一時代が終わったというか、ジョングクもナムジュンも口にしていたけど、新しいチャプターに入ったんだなぁ、って思わずにはいられなくて、言いたくないけど、昔は良かったよね〜なんて言い出してしまいそうな自分も否めなくて。

 

みんながそうじゃないと思うけれど、少なくとも私は諸手を挙げて韓国の国柄を好きだとは決して言えない。

でもBTSを好きになる過程で彼らだけでなくそのカルチャーごと理解して好きになっていったし、本国アミの圧倒的な熱意と、自分たちが育てたんだ!っていう自意識と、マスター文化を羨ましいと思っていたので、こうして簡単に排除されていくことに寂しさを感じずにはいられなくて。

 

検閲が厳しくなってペン卒とかクローズとか、したくないのにせざるを得ない感じになるのはなんかやっぱり思うところはあるし、結局は表向きクローズしても裏でやることもあるだろうからどうせじゃない?とも思うし。

 

PTDコンの初日、2日目。

英語でメントを話す彼らを薄目で観ながら思った。

 

本国のアミはどう思っているんだろう。

 

私なんて韓国人でもないし、韓国語でメントされてもわからない。

むしろ英語の方が理解できるくらいで。

 

でも、思ってしまったのだ。

 

ずっと片言なら良かったのに。

 

きっとその時だけのために誰かが訳してくれたものを丸覚えしてしているだけだろうと。

でも、みんなこの2年時間があったこともあってか英語の勉強に熱心で、上手くなってしまっていた。

これってすごいことだし、さすがはウリバンタン、努力の人たちだよね、って誇らしくも思う反面、やっぱりだいぶ遠くに行ったし、彼らの見ている先はもう自分たちの方ではないんだなぁ、って思ってしまったのだ。

 

今や彼らは様々なスポンサード契約を持っていて、公の場だけでなくプライベートでもハイブランドの服を着こなし、高級時計を身に付けている。

 

たった数年前のことなんだよね。

ファンからもらった服を大切に着てくれていたり、ファンからもらった食べ物を取り合って喧嘩したり、カムバの時は手書きのメッセージを配ったり、会場の外でペンサしたり。

 

彼らの新しいチャプターを歓迎しているし、しなくちゃいけないし、彼らの本質は変わっていないと思うけれど、なかなか複雑な気持ちもどこかにあって、PTDコンの初日のあと、Twitterなどでペン卒宣言がまたチラホラ見えたりするのにもなんとなく理解できちゃっていて、でもいつも変わらないジンのツインテールを見て、泣き笑いしてしまった。

こういうところがジンのすごさなんだよね、救われている人がたくさんいると思う。

 

もういいかな、って気持ちがないわけじゃない。正直に言えば。

 

でもよく考えれば彼らを好きだっていう気持ちは全然なくならない。

彼らを取り巻く環境の変化に私がついていけてないだけで。

 

私なんてまるで他人のことなのに、こんな風に引っ張られているというのに、彼ら自身はついていけているのだろうかと、ふと思う。

 

テヒョンがVライブで、キシリトールガムの日本バージョンについて発言したことにこんなことも知っているのか、ってめちゃくちゃ驚いた。

だから彼らは細かいことも知っているのではないか、って思う。

 

自分たちを取り巻くさまざまなことが、自分の意思とは関係なく変わっていくことや、自分たちがしてあげたくてもできないこと、言いたくても言えないことが増えているのは間違いない事実で。

 

彼らにとってマスターは大切な存在であったと思う。

それは彼女たち(とは限らないか)が撮った写真をみればわかる。

悔しいほどの素敵な表情が撮れるのはその関係性があるからだ。

 

でも彼らがそれについて発言することはきっと許されない。

彼ら自身の言葉で彼女たちを守ることはきっと出来ない。

 

こうやって彼らは何かと引き換えに大きくなって来たのだし、これからもそうやって行くんだろうって思う。

 

決して悪いことじゃない。

 

必要なことなのだから。

 

ただ、ちょっと今はまだ寂しいと感じるだけ。

 

 

 

って、今日の着地点、暗っ!!

 

自分とは全然関係のない話なのに変ですよね〜。

単なるつぶやきだと思って(の割りには長すぎる)、読み捨ててくださいね〜。(こんな日もあるってことで)