意識的になる?

ではどうすれば意識を拡大できるか?

人間が意識を拡大するいちばん手っ取り早い方法は、自分が「意識」をもっているという事実に意識的になることだそうです。

明日の神(ニール・ドナルド・ウォルシュ)引用


確か(見性)体験後は意識的になったようです。

ただし自分は体験をしてから、自然に無理することなく意識的になったけどねパー

明日の神に記載されているように、自分でもできる方は一つ一つ意識的するように

まずは自分自身を意識的に、自分に気づき自分を認識して意識的にするようにしてはどうだろうか!?

意識して行うと言う事でしようかはてなマーク


意識が変わっていく 光のかけ橋
2013-05-03 12:37:34
テーマ: 心の世界と繋がる癒しのエネルギーブログ
小鳥のさえずりや道端で咲いている花、一滴の滴る音、

カエルの声やコオロギの声を聴いている空間を聞き、そこなわず聞き知る、

聞こうと思う念をこらして、また聞こうと思う念を生じて聞くというは、

仏心で聞くという事みたいです!?

このように自覚体験があって衆生は本来仏と自覚するのです。

一瞬の飛躍が境界線越えて、崩れすべてが合理的ではない理屈と、

そういう体験を持ったと記憶が残るのです。

その後は日々の意識が変わっていくような感じがしますグッド!

和尚さんがこう言った事がありました。

誰もが眼にとまる美しい大輪の花を愛するけど、

誰にも気にされず、誰の眼にとまらないひそかに咲いている

この小さな花の美しさは誰にも解からない。

見向きもされないけど、立派に咲いている。

この小さくてもひっそり咲いている、花を愛するようなものにならなくてはならないと和尚さんは言っていましたパー


またこの小さく咲いている花を誰も見ようとせず、

後ろで啼いている蝉の声も聞こうと思う心を持って聞く方は、

自分が仏性を持った仏と言う事を悟っている方と思います。



不生の仏心で聞く  光のかけ橋

テーマ:心の世界と繋がる癒しのエネルギーブログ

2011-12-22 19:27:15 
説法を聞いている時に蝉の声や田んぼの中で鳴くカエルを聞こうと思う、

心を持って聞いたというものはこの道場には一人もいない。

聞こうと思う念を生じていた故に聞いたというのは、

これを仏心で聞くという事みたいです

仏性というものは人間のすべてめいめいの上に豊かに具わっているもので、衆生は本来仏です。

けれども修行しないと現れないし、それを自覚体験しないと攫む事は出来ないと言う事だと思います。

修せざるには現れずといいますからね。

ただ骨組みと筋肉でねらって実際に座るという事が大切です。

因果関係を静かな目でみていながら、それをふりまわされず、

思いを手放し、祗管打座「ただ座禅している」という事が大切です


道元に、聞くままに、心なき身にしあれば、己れなりけり軒の玉水という歌があります。

無心で座禅をしていると雨だれの音を聞いて、

自己を忘れて、無心に聞く時、軒の玉水がそのまま自己であったというのです。

自己を忘れた時、方法に証せられる。

無相の自己を悟らされるということなんだそうです


秋月りょうみん禅師の禅のことばに記載されています。

仏性は不生にして霊明なもの

盤珪はいう。

後ろで啼くすずめの声を鳥の声とも聞きたがわず、鐘の声を太鼓の声とも聞きたがわず、

男の声を女の声とも、大人の声を子供の声とも聞きたがわず、

そけぞれの声を一つも聞きたがわず、明らかに通じて分れて、

聞きそこなわず聞き知るは、霊明の徳用(功徳のある働き)と申す。ものでござるわす。

これがすなわち仏心は不生にして霊明なものといいます。

霊明の証拠でござるわい。


只今この座にござる人に、(われは聞こうと思う念を生じていた故に聞いた)という人は、
この場に一人もござるまい。

皆こちらに向いて、身どもがいうことを耳に傾けてよく聞こうとこそしてござれ、

後ろでそれぞれの声のするを聞こうと思うてござる人は、一人もありゃしませぬわい。

したにそよっと不時にそれぞれの声がすれば、通じて分れて聞きたがわずに聞こえますは、

(不生の仏心で聞く)というものでござるわい。

(前方からそれぞれの声がせば、)聞こうと思う念を生じていた故に聞いたという人は一人もこの座にはござらぬ。

それならば(不生の仏心で聞くというものでござるわい)後ろのセミの