思いは結果、化けてくると言う言葉があります!?
顕在意識と潜在能力には隔ててある壁があるのです。
その一部が崩れてしまうと、それまでに抑え付けられていた心の中の抑圧されているエネルギーが顕在意識の表面に上がって行くのですグッド!
奥の底から少しずつ湧き上がって行き、上昇するにつけ圧力は次第に大きくなっていきます。
そして水面(意識)まで上がってくると、それがある種のエネルギーだと解ります。
その潜在意識の上層からダムの堰を切ったように、エネルギーの噴出が起こります。
やがてこれまで閉じ込められていた下層から、徐々にダムの堰を切ったようにエネルギーの噴出になります。
これは良く自分はこのように言っています。瞑想とかしていて、期が熟されたなら、
想念体に亀裂がはいって、サイダーの泡如く堰を切ったように湧き上がって行きますパー
その泡をで尽くせれば、それから精妙な状態を超えて、最後には純粋意識の状態に到達するようです。
ここまで達成する方はあまりいないように思います。

もう一つは観念を見つめる作業を行っていけば、
少しずつブロックが解除されていくとその下にある観念が徐々になくなって行くと、
すると同じようなエネルギー解放が起こって行くのではと思います。
最初の壁が消えてしまうと、その上層からダムの堰を切ったようにエネルギーの噴出がおこり、
徐々に下層までエネルギーが解放されていくのだと思います。
 
苦を滅する道があるとお釈迦が説いておられますが、
お釈迦様と言えば、また宗教とかある色で見られるが大多数だからねはてなマーク
お釈迦様と言う名前に囚われないで、そうではなくて一人の人間が心の紐を解いて、苦を滅する道がある
その人間の生き方を説いているのです。
それを伝える事、教えて伝えている偉大な人間であるのです。
自分などは悟り(見性)体験を書いたりしていますが、これはカルマや心の紐を解く事に関係があるのです。
体験すれば理解ができるのですが、悟り(見性)体験後にカルマのが噴出してくるのですパー
俗にいうカルマの洗い直し
不思議とスピ系で悟り(見性)体験と言っている方は、そんな悟り(見性)体験後にカルマのが噴出の事を言う方はいないようですねはてなマーク
でも自分だけが特殊ではないのですが、ただ自分が通った道は宗教体験であろうと思います。
これは開祖や一部の修行者が体験して通った道なのです。
それを自分がただ言っているだけに過ぎないのです。
だから勘違いだけはしないでほしいのです。
自分は特別でもなく、偉くも立派でもないのです。
役目と言うよりも、役割りと言うのも言いたくはないから自分はいいません。
理由は種類や形は違いども誰であろうとも、使命や役割りがありますからねグッド!
自分のように汚れて、どうにもならないような人間であったとしも!?蓮のように花を咲かせられる事を伝えたいのですニコニコ

心の図書館(引用)
泥水が濃ければ濃いほど、はすの花は大輪の花を咲かせます。
泥水とは人生におきかえれば、つらいこと、悲しいこと、大変なことです。
ほとんど泥水ではなく、真水に近いようなきれいな水である場合、
蓮の花は本当に小さな花しか咲かせません。
大輪の花を咲かせるためには、ものすごく汚い泥水が必要です。
蓮の花は泥水の中からしか立ち上がってこないのです。

心の図書館に記載されているように、泥水が濃ければ濃いほど綺麗な大輪の花を咲かせられるのです
バケツの中に、押し込められたボールはその圧力の反動によって、小さくもあり、大きくもなります。
深く押し込まれたボールはより高く上るのです。
そんな罪穢れを持っているあなたは誰よりも高く上れる可能性を持っていると言えます。
体験とするならば間違った道はないと思いますが、もし迷った道であるとするならば引き帰せば良いんです
途中で、谷に落っこちたり、怪我して歩けなくなった時は、傷が癒えるまで居れば良いのです。
旅の途中には、スカッとする風景もあり、長く続くトンネルもあります。
また眼を覆いたくなる事もありますが、一つのべろーんとした風景で見て、
人生は全体で象(かたど)っているのです
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