お茶はいつもの通りがいい。 | 和み日和
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お茶屋女将のひとりごと

大好きな岡江久美子さんの訃報に、もう心砕け散りそうになりながら今日も変わらないお茶を飲むことでなんとか「いつも通り」を保つ私です。こんばんば。

 

いつも通りである。

 

ということは実は「まやかし」なのかもしれませんが、

なんとかして、そうでありたいと願う気持ちが『ルーティン』というものを作り出すのでしょうか。

私はTHE!B型人間ですので、(B型の皆さんごめんなさい。今から私、B型ディスりますw)

本当に同じことができないんですね。w

いや、正確にいうと、B型というのは2パターンあって、異常に神経質が、異常に気にならなさすぎるか。

私は後者で、あねねが前者です。(ええ。父も母も姉も私も、なんなら従姉妹いっぱいみーーんなB型です。最強。誰も話聞いていません。)

 

あねねは、なるべくなぞらえたいと言うので、非常に私はめんどくさいのです。

例えば、「あみちゃん、これから1週間でやることを毎週同じように決めようよ」と言い出すわけです。

私は細胞レベルで拒否したい!と叫ぶわけですが、決めよう、決めようと決めたがるので一応決めたことにします。

すると、翌日から真っ先にそれをやらないのがあねねだったりします。(爆)

これもTHE!B型ですw 本当に迷惑極まりないでしょう。

(なのに、私がやっていないことだけはちゃんと気づいて注意してきます)

 

ハサミが同じ場所に無いと気になってイライラしているあねねと、

毎度同じでなくてもどこにあるかはわかっている私。

イライラする割に、案外毎回違うところに(自分で毎回決めなおしているらしいが)置いてるあねねと、

大体は同じ場所に置いてるけど、毎回決められた場所がいつの間にか変わっていることに気づかない私。

全くかみ合わないけど、結局同じことができないB型姉妹であります。

 

社会的に大丈夫なのかと思われるかもしれませんが、なんとか生きてきましたので、なんとかなるのでしょう。きっと。多分。え?多分。

 

 

そんな私ですが、意識的にお茶を丁寧に飲むということを1年ほどしていたころがあります。

私の性格上、気まぐれで、結局続かないこともたくさんあるのですが、「お茶を飲む」ということは別に特別なことではないと思うようになって気づいたんです。

 

なんでもかんでもスペシャルにしすぎると、続かない。

 

「丁寧マジック」にかかりすぎると、ご覧のとおりな私のような人は続けられるわけがないんですよね。

 

決めごとが苦手。いや嫌い。という私ですので、お茶をあまり特別なもののようにしては逆につまらないのです。

お茶屋としてこの発言は絶対におかしいのですが。

でも、超高級すぎてゲーでちゃいそうだよ!というほどの高級なお茶をいただいたとしても、それを日常の中のご褒美に位置付けることはあっても、お茶を飲むということそのものを特別でスペシャルなものにしてしまっては、お茶の味はわからなくなってしまうと思うのです。(あぁ!語彙力プリーズ!)

 

 

いつもの通りに飲みたいときにお茶を飲む。

 

そのいつもの通りにお茶が飲めるということがどんなに幸せかを知る人になるほうがスペシャルなことなのです。

きっとね。

そんな風に感じる機会が折々にありましたものですから。

最近はそんなことを思いながら、お茶をいつもの通り飲んでいます。

 

コロナの3文字、見飽きたとて、まだまだ恐怖とともに私たちの暮らしの中に入り込んできます。

 

その中で「いつもの通り」がたくさん自粛しなければならなくて、

逆に「そのいつも通りを自粛してもらいたいですね」という状況もあったりするでしょうし、

人と人という大切な部分に亀裂が入ったり、

人がウイルスに見えるという現象に苦しんだり、

イライラして、不安で、なんだかどうしたものだろうと思う毎日です。

ご多分に漏れず、私は超心配性ですから、誰よりも不安でへとへとです。

 

今日もいつも通りお茶が飲めたというひとつの目印になっています。

 

いつも通りというものの中に、沢山手放すものがあって、価値観が変わるだろうといわれていますが、

最後に残るものの中に、私は絶対に「お茶を飲むこと」というものが残る自信がある。

それは私がお茶屋さんだからではなくて、

純粋にお茶好きだからではなくて、

そこに、子供がいて、自分がいて、今日という日がこんな日だったなーと思い返せる時間まで無事でいた証拠という感じだからかな。

 

お茶が飲めるということはそんな程度のもので、

絶対に主役ではないのだけど、

そういう自分の安堵時間のポストイットみたいな感じで、ふわーっと目印になってくれてる感じ。あぁ!語彙力wwwww(涙目)

 

 

 

もうすぐ新茶がやってくる。

年に一度、この時にしか味わえないお茶の味。

舞鶴は茶の木を1度しか刈らない方法で、栄養をこの一度きりのために農家さんが管理し蓄えられているので、

そりゃ~受賞するさ!という素晴らしい茶の木なのです。

旨味と、この甘味は、日本で類を見ないお茶ですね。

 

京都の新茶の中でも舞鶴は少し上がりが遅いため、

新茶販売の時期には「只今製茶仕上げ中」という状態です。

なので、今年も茶園の街でしか飲めない「荒茶」(製茶仕上げ前の地場あがりのままの状態)でお届け予定です。

 

もうすぐwebショップでご予約販売開始いたしますので、是非今年も新茶で一年の健康をいつも以上に祈念してご賞味ください。

 

大切な方への贈り物に、送料無料をとご用意させていただく予定です。

 

お楽しみにしていてください。

 

お茶は本当に癒されます。ホッとしてまたがんばろう。

 

皆さん明日もご無事でありますように。