次のような文章を書きました。
食塩、砂糖、脂肪などの過剰摂取を、薬物依存症として治療する
食塩、砂糖、脂肪などの過剰摂取は、薬物依存症としての側面があります。それぞれ、脳内で麻薬摂取に匹敵するような反応が起きます。依存状態のネズミは、電撃をものともせずに、それらを摂取しようとします。
高血圧の患者さんに対して「塩分を減らしてください」と言うのは、慢性アルコール中毒の患者さんに「お酒を減らして下さい」と言うようなものかもしれません。簡単には、できないのです。薬物依存症の治療は、一般に非常に困難です。しかし、不可能ではありません。
(1)薬物をわずかずつ減らすという手があります。
睡眠薬を常用しておられる患者さんが入所して来られた場合、1、2か月ごとにゆっくり少しずつ減らすと睡眠薬を中止できる場合があります。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を飲んでおられる場合には、まず、1ヶ月くらいかけて、長短時間型のZ-drug(ゾルピデム10mg)に置き換えます。1,2か月ごとに減らし、ゾルピデム5mgの2分の1錠になって、次に0錠にする際に、もし不眠を訴えるのなら、再投与ではなく、代わりにリスペリドン1mgの投与で乗り切れる場合があります。ゆっくり減らすことにより、うつ病などの特別の病気が無ければ、多くの人で、睡眠薬を中止できます。しかし、外来では、困難です。
英国政府は、食品産業と協力して、加工食品に含まれる食塩を10%ずつ減らしました。この分量では、我々の舌の味覚器は、減らされたことに気が付きません。減塩後、2、3か月すれば、我々の味覚はその薄味に慣れます。英国では、計30%の食塩を減らし、心筋梗塞を40%減らしました。ついでにアルツハイマー病の発生も20%減少しました。フィンランドでも、同じように政府と食品産業が協力して、少しずつ減らし、心筋梗塞を80%減らしました(タウベス)。
ファストフードやレストランの食事を、少しずつ減らすのがお勧めです。
一つの薬物依存症は、容易に二つ以上の依存症に導かれます。駅の周りでタバコを吸っている人のうち、片手に砂糖入りの缶コーヒーを飲んで、肥満して、眠そうな人がいます。薬物依存がたくさん有りそうです。通常、幸福感を手に入れようと思えば、懸命に勉強するとか、懸命に働くとかする必要があります。しかし薬物依存では、特定の薬物を摂取するだけで、容易に幸福感が手に入ります。つらいことをしなくて済むのです。脳に怠け癖が付きます。その怠け癖は容易に他の薬物に広がって行きます。しかし、逆も真です。一つの成功体験は、次の成功体験をもたらします。一つコントロールできれば、もう一つもコントロールできます。厳格な制限よりも、ゆるい制限の方が良い場合もあります。小さな成功体験が容易に得られます。克服の仕方が分かるのです。時間をかけて、ゆっくり少しずつ改善するのも一つの方法です。
(2)きっぱりやめるという手があります。タバコを1日30本くらい吸っているのなら、まずゆっくり20本まで減らして、しばらくそのまま行って、調子の良いときに、きっぱりやめるのがお勧めです。「砂糖を加えられた食品は、もう今後、食べないぞ」という決心が有効な場合もあります。「節酒はできないが、断酒はできる」という人もいます。断酒会は、そうしたスローガンを持っています。薬物依存の弊害に対して「もういやだ」という底つき体験が、薬物からの脱却を促します。
(3)別の物に置き換える手があります。砂糖を含む食品の代わりに、果物がお勧めです。タバコの代わりに、ニコチンパッチがお勧めです。食塩で味を付ける代わりに、ショウガやレモンで味を付けるのがお勧めです。動物性脂肪の代わりに、植物性脂肪がお勧めです。ファストフード店の牛丼の代わりに、玄米と赤身の肉で作った自作の牛丼がお勧めです(砂糖と醤油を使わない)。
(4)患者会があります。断酒会やAA(アルコール匿名者の会)、禁煙マラソンなどです。本来、患者会というのは、療養情報の交換を行ったり、政府への働きかけを行ったりする機能があります。薬物依存症の患者会は、病気の克服に直接に寄与します。患者会に参加する人の方が、克服の可能性は高くなります。タバコを吸いたくてたまらない気持ちは、同じ立場の人のメールを読むと、少しまぎれます。
(5)情報提供も有効です。サーベイランス(集団や個人の食塩1日摂取量を計測して知らせる)、ラベリング(食塩が含まれる分量を包装の色分けで知らせる)も有効です。理性は欲望を抑え込むことができますから、正しい情報提供は、薬物の克服の役に立ちます。
(6)80-20の規制もお勧めです。これは80%の日には食事制限をするが、20%の日には食事制限をしないということです。毎日お酒を飲んでいる人が、土曜の夜だけお酒を飲むことにすれば、これに該当します。最初は、1週間ずっと土曜日が来るのをひたすら待ち続けますが、何ヶ月か経つうちに慣れてきて、苦痛が無くなります。そうしたら、次の段階に進むことが考えられます。例えば月に1回くらい、特別の機会があるときだけ飲酒すると決めることです。ゆるい制限を行えば、成功体験が容易に得られます。減量のダイエットをするときには、制限しない日が安全弁になって、欠乏症を予防します。
(7)イネーブラー対策が必要です。薬物依存症の患者さんの近くには、薬物を運ぶなどして、依存症の悪化を助ける人がいる場合があります。これがイネイブラーです。「可能にする人」という意味です。患者さんの薬物依存により、物質的あるいは精神的な利益を得ていることが考えられます。患者さんの薬物依存に協力しないという態度がお勧めです。お酒を買いに行かないことです。薬物を製造する会社は、広義のイネーブラーです。医者は、薬物依存に関して利益相反しています。