次のような文章を書きました。

第四章 親子の問題

親子においても、やはり遺伝子が重要です。生物は、自分の遺伝子を子孫に広めるために生きているのです。子どもは親と半分の遺伝子を共有します。共通の利害があり、共闘関係にあります。しかし、逆に言えば遺伝子の半分は異なっています。半分は他人です。また子どもは、兄弟姉妹と親の持つ資源を分け合います。親の持つ資源が限られているのなら、子どもは、なるべく多くを独り占めにしたいでしょう。しかし親は、自分の遺伝子を広めるために、子どもをなるべく多く作りたいでしょう。このように、親子の利害は食い違うことがあります。トリヴァースは、次のように述べています。「有性生殖をする生物では、親が子に与える投資量をめぐって、親と子は対立していると考えられる。親が与えようとしている以上の資源を子どもは得ようとする」。親子の喧嘩は当然です。

小さい子どもは、自分の親にすがって生きていくしかありません。しかし、継父母では、遺伝子の共有は無く赤の他人です。童話の「シンデレラ」では、シンデレラは継母とその連れ子である姉たちにいじめられます。デイリーらは次のように述べています。「カナダにおいて1974年から1990年までに同居する親によって殺された5歳未満の子どもは、実の親の場合では2.6人(100万人・年あたり)であったが、継父または継母のの場合では321.6人(同)であった。120倍以上である」。なお、大多数の継父母は、継子いじめをしません。映画「サウンドオブミュージック」のマリアは継母ですが、継子いじめをしていません。

また、夫と別れた妻にとって、最大の足手まといは前の夫の子どもです。若ければ別の男とやり直すことができます。子どもを虐待をする者のうち、最も多いのは実の母親です。「年老いた母親ほど良い母親」という言葉があります(日高、1996年)。年老いてしまえば、すでにいる子どもを育てるしかないのです。

父親から子どもへの情報提供

父親から子どもへの情報伝達が非常に重要であり、これによって、ヒトが地球上の王者になったという考えがあります(Gray、2010年)。生きてゆくためには「こうすればうまくいく」という知識は貴重です。例えば「動物を長時間追いかけると動物は疲弊して動けなくなる」とか、「うまく追いかけるにはその動物の体の大きさが重要である」とか、「食べられる植物はどれか」というような知識です。親が試行錯誤して偶然発見した知識や、部族で共有する知識を、親から情報提供してもらえば自分の行動は改善されます。子育てをしない他の多くの生物では、自分たちの行動を改善するには、突然変異が起きるのを待つしかないのです。

他人にものを教えるには、手間・ヒマ・エネルギー・忍耐が必要です。父親が子どもに手間ひまをかけて知識を伝えるには、次のような条件を満たすことが必要です。一夫一妻制であり子どもが自分の子であることが確かであること、子どもが成長するのに長い時間がかかること、長く続く家族関係があることなどです。こうした条件を満たせば、教育するコストを負担しても包括適合度が改善します。チンパンジーは多夫多妻であり、誰の子どもか分からないので、特定のオスが特定の子どもに長く関与することはありません。

また多くの生物は、子育てをせずに産みっぱなしにします。例えば身近にいるカエルでは田に多くの卵を産みます。これは多産多死の戦略です。ヒトでは少産少死の戦略を採用しています。狩猟採集生活をするヒトは、家族(すなわち父母と子ども)はすぐ近くで眠ります。親は子どもがうまく育つことを願っています。父親は子どもの社会性や道徳性の発達を促します。父親は、子どもがよい狩猟者になれるように練習させます(Rashmi Jejurikar)。表で示すように、狩猟採集生活をする社会では、父と子との交流時間は多くあります。

1900年ごろに、オオカミによって育てられた少年が発見されるまでは、子どもはひとりでに育って大人になると考えられていました。実際には、親が子どもに言葉を含むいろいろなことを教えているのです。また、1970年代にアメリカの心理学者のワーラースタインは、離婚などで父親がいなくなると、子どもの社会的な予後が悪くなることに気が付きました。これも、それまでは分からなかったことです。

アメリカ政府やカナダ政府は、父親が子どもと過ごす時間を増やすことを勧めています。イギリスにおいて、1970年代に、父親が子どもに関係した活動に使う時間は、1日に15分ほどでしたが、1995年ごろには1日に2時間近くにまで増えています(BBC、Bilogy of Dads)。おばあさん仮説も同じ考えです。おばあさんが孫の育児を手伝う中で、おばあさんの持っている情報が下の世代へ伝達されます。

父親は父親としての「役割」を果たすからこそ父親になるのであるという考えがあります。誰でも父親の役割を果たせば、父親の代わりになることができるということです。実は、私もかつてはそう考えていました。Wikipediaの日本語版に「父親の役割」という項目を作りました。しかし、役割理論は、利己的な遺伝子を広めようとする進化の仕組みを軽視しています。継父母が継子を育てる場合は、子どもの死亡率は非常に高くなります。役割を果たすとか果たさないとかということではありません(Daly、1999年)。