受精卵は分化して成体になりますが、細胞がいったん分化して筋肉や神経や骨になってしまえば、もう元には戻らないと考えられていました。なぜなら、分化とは、以下のような変化を含んでいるからです。
(1)混合による変化
黒い玉と白い玉を混ぜてしまうと元に戻すのは、容易ではありません。分子レベルでこうした混合が起きると、元の状態に戻すのには、特別の手順が必要です。エントロピー増大の法則があります。周の太公望も「覆水は盆に返らず」と言っています。
黒い玉と白い玉を混ぜてしまうと元に戻すのは、容易ではありません。分子レベルでこうした混合が起きると、元の状態に戻すのには、特別の手順が必要です。エントロピー増大の法則があります。周の太公望も「覆水は盆に返らず」と言っています。
(2)老廃物の蓄積
植物には腎臓のような排泄器官は無く、老廃物は、細胞の中の液胞に蓄えられます。液胞の大きさは、葉の老化に伴い、大きくなって行きます。人間の体の細胞の中にも、リポフスチンのように、老化に伴って蓄積する物質があることが知られています。
(3)消耗性変化
ワラで作った荒縄は、長く使用していると、ささくれ立ってきます。全ての機械は、長く使用していると、古くなってきます。こうした変化は、部品を取り替えない限り、元には戻りません。
ワラで作った荒縄は、長く使用していると、ささくれ立ってきます。全ての機械は、長く使用していると、古くなってきます。こうした変化は、部品を取り替えない限り、元には戻りません。
(4)テロメア
染色体の端には、テロメアがあります。テロメアは、その細胞が分裂するたびに少しずつ短くなって、細胞が規定の回数だけ分裂すると、無くなってしまい、それ以上分裂できなくなります。
染色体の端には、テロメアがあります。テロメアは、その細胞が分裂するたびに少しずつ短くなって、細胞が規定の回数だけ分裂すると、無くなってしまい、それ以上分裂できなくなります。
このようなことがあるので、いったん分化した細胞は、再び分化の過程を逆行して、元の受精卵に戻ることは不可能であると考えられていました。これが、生物学の常識でした。
しかし、これまででも、この常識と相反するような現象も観察されていました。
(1)例えば、肺がんでは、肺がんの細胞が、肺では本来作らないようなホルモンを分泌することがあります。例えば、肺がんの患者さんで、副甲状腺ホルモンのような物質が作られ、血清カルシウムの値が高い人がいます。これは、肺がんの細胞が幼若化して、(つまり、分化の過程を逆行して)副甲状腺の働きを持つようになったと考えられます。白血病でも、幼若な細胞が出現します。
がんというのは、発がん物質や放射線などにより、DNAが傷ついて、遺伝子が壊れたり、逆に、遺伝子のスイッチが入ってしまい、無限に増殖したり、血管の壁をすり抜けて遠隔転移をおこし、そこでまた増殖するなどの能力を獲得したものです。
遺伝子のスイッチを適切に入れるのなら、幼若化(分化に逆行すること)は可能なのです。
(2)通常の生殖の過程でも、成人の男女の分化した細胞から、減数分裂などの過程を経て、最も幼若な細胞である受精卵が作られています。この過程も、要するに、上記のような老化のプロセスを逆行しています。
iPS細胞は、分化した細胞に、遺伝子4つを入れることにより、元の受精卵のような細胞に戻したものです。これまで治すことが出来なかった病気の治療に応用することが期待されます。その方面での発展が待たれます。
iPS細胞は、分化した細胞に、遺伝子4つを入れることにより、元の受精卵のような細胞に戻したものです。これまで治すことが出来なかった病気の治療に応用することが期待されます。その方面での発展が待たれます。
遺伝子の研究は、宝の山を掘っているようなものです。まだこれから、どんな驚くことが出てくるか、分かりません。