東出クンが「逃げろ!」といって逮捕されたワケ、戦前の防空法と隣組強化法の狂気 | 膵臓がん特効薬を追い、イブランスの謎を解明したヒデさん日誌

膵臓がん特効薬を追い、イブランスの謎を解明したヒデさん日誌

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 1945年3月10日の「東京大空襲の日」が近づいていることで、メディア界でも再検証する動きが出ている。先週金曜日のNHK午後7時半からの特報首都圏「いのちの被災地図~東京大空襲」では、10数万人の犠牲者のうち、4割近くが20歳以下の若年層だったこと。また成人では、40歳代男性の死亡者が突出しており、その背景などを検証していた。また今年出版された新刊「検証防空法」でも同様の検証がなされている。

 当時、子供たちは「疎開」によって田舎に避難する建て前になっていたが、なぜ都会に残っていた若年層が多かったのか。生き残った方々からの証言などで、当時、日本国民は隣組制度でがんじがらみになっており、配給物資を得る上で、なじみ深い自治会にとどまる方が「安心」だった。
 親戚や知り合いのツテで、田舎に疎開、避難しても、肩身が狭いだけではなく、「物資に困窮するのでは」という切実な不安から、お子さんと一緒に避難することをとどまった親御さんたちがたくさんいらっしゃったのだ。そして、国民を5軒10軒両隣りを一括りにして、「監視」「管理する」、この隣組制度は、太平洋戦争突入直前に、「隣組強化法」という法律に基づいたものだった。

 一方、空襲で40歳代の男性の死亡者が多かったのは、20代、30代の多くは戦地に赴いており、「消火活動」の主軸にされていたからだ。やはり、戦争突入直前に、「防空法」という法律が施行され、市民は空襲にあっても、「逃げずに消火活動するべし」と定められていたのだ。守らなかった人には、「多額の罰金」という罰則まで付いていた。そして何より、「あの人は逃げた」なんてレッテルを貼られたら、その家族は、配給物資を支給されない恐れさえあったのだ。これも隣組制度があったからこそ。

 兵隊さんには、「捕虜になるくらいなら自爆、自決せよ!」。一般市民にも、「空襲から逃げずに消火しろ」。あの大戦時、日本政府は、「じゃあ、いったい誰を守るの?」と問いつめたくなるような狂気に陥っていたのだ。
 「敵の新型爆弾(焼夷弾)は空からガソリンをまかれるようなもの。消火活動などムダで、みんな逃げるんだ!」と説いた「ごちそうさん」の東出クン(先週土曜日は名演、名シーンでした…)は、「法律を破ってもかまわない」と推奨した人物(公務員!)に等しい。だから逮捕されたのだ。
 しかし、公務員が一般市民に対して、「とにかく自分の命を守ることを優先して欲しい」と説いて、どこがおかしいのか。何が悪いのか。東出クンは本当に立派だった!心から拍手したい。
 でも「生きて帰って」こない人には、拍手できませんよ。東出クン以下、みんな「生きて!」。