中村勘三郎さんの命を奪ったのは、ARDSよりやはり「がん治療」の感 | 膵臓がん特効薬を追い、イブランスの謎を解明したヒデさん日誌

膵臓がん特効薬を追い、イブランスの謎を解明したヒデさん日誌

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 一昨日に亡くなって以来、中村勘三郎さんに関する様々な映像が流れている。その中でも、これはと思わせたのが、7月18日に開かれた長野県松本市での歌舞伎祭のカーテンコールで、飛び入り出演した「最期の映像」だ。
 「ロンドンオリンピックの開会式と同じ日の7月27日に、ちょっとした手術を受けますが、必ず、この松本に戻ってくることをお誓い申し上げます」。源頼朝に扮し、マイクを手にもつ勘三郎さんの姿は、元気そのものだった。
 それが、わずか1カ月後に、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)という難病に襲われ、自力での呼吸が困難になり、4か月半後の12月5日には、還らぬ人となってしまった。弔問した松本幸四郎さんが、「なぜ、こうしたことになってしまったのか」と、困惑を示すかのような発言をしたのもわかるような気がする。

 やはり、勘三郎さんの本当の死因は、ARDSではなく、「がん」、いや「がん治療」といわざるをえない。ARDSの発症をもたらす要因としては、勘三郎さんのような肺炎、さらに敗血症などが主だとされている。肺炎、敗血症、いずれも免疫力の低下による感染症だ。10数時間にも及ぶ、がんの開腹、開胸手術はとくに感染症のリスクが高まるはずだ。
 仮に、食道がんを「放置」していたとしても、勘三郎さんは、1年程度は、元気な姿まま、歌舞伎を演じることができただろう。「放置」は暴論としても、今年、大きな話題を呼んだ、なかにし礼さんのような、陽子線治療、さらに通常の放射線治療でも、あまりダメージを受けず、ほぼ元気ななまま、最低2~3年は現役を続行できたはずだ。むろん、完治の可能性もあったと考えられる。
 米国では、やや進行した食道がんについては、外科手術と、放射線治療、いずれもが「標準治療」となっている。患者が、体への負担や、仕事の重要性などを考慮し、選択することができる。ところが日本では、「標準治療」は、あくまで「最も5年生存率が高いと判断される治療」であり、一つしかない。
 日本でも、外科治療と放射線治療の有効性は「僅差」と判断されつつあるが、それでも食道がんの標準治療は、判で押したように「外科手術」である。この治療法を拒否し、放射線治療、さらに陽子線治療を選択するのは、なかにし礼さんのように、「主治医とのけんか」の覚悟が必要なのだ。
 とにかく、がん治療は、患者に強いる負担が極めて重い。とくに外科治療と、抗がん剤治療はその度合いが高い。「大往生したければ、病院と関わるな!」といわれないためにも、日本のがん治療は患者に対して、より「負担の低い」、「通常の生活、仕事ができるだけ長くできる」ことを最重点に改善して欲しいものだ。私としては、勘三郎さんは、あらゆる意味で、「予期せぬ悲劇」に見舞われたと思えて仕方がない。