1000冊を超える蔵書から厳選!あなたの気分にぴったり合うブックガイド「るみの本の処方箋」
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友達のお薦めで読んでみたがとても面白かった。
自分が子供の頃から、いかに「第三の消費」的価値観に染められていて、また、それが「第四の消費」に移行しつつあるか、ということが客観的に分析されているのがわかって興味深かった。「物から人へ」「コミュニケーションや繋がり」「シェア」といったことが第四の消費のキーワードになる、ということも全面的に賛成だし、ビジネスアイデアとしても色々示唆を与えてくれる本だと思う。(既に、数年前から大家さんの勉強会ではシェアハウスは注目の的だったし・・・)
ただ、ちょっと意地悪を言わせてもらうと、筆者が第一から第四に到る消費の変化を、余りに一辺倒に「高度化」「洗練化」的な感じで描いているのが気になる。第四の消費への変化は、ただ単に消費者が成熟して高度化したから、というだけではないような気がしてしまうからだ。高齢化、人口減少、所得の減少、将来への不安・・・「シェア」とか「エコ」とか「繋がり」に向かわざるをえない日本の現状、というネガティブ要素も少なからずあるように思う。日本的・愛国的な風潮の復活についても同じ。
特に、第二や第三の消費を経てきて今や「もういいや」と言える筆者の世代や、そこそこ大人になった人達は良いのだが、小さい頃から「シェア」や「エコ」という消費の仕方しか知らない若者達は今後一体どうなるのかなあ、というのが気になった。「シェア」とか「コミュニケーション」とかは、消費という側面だけではなく自己顕示欲やエゴとの闘いでもるので、永続的に成り立たせるには中々やっかいなコンセプトだ。逆説的だけれど、反対の価値観での疲弊感や失敗経験を積んでみた者達でなければ、上手く機能し辛いのでは・・・という気がしている。若い頃からシェアやエコが身についていれば良い、というだけの問題ではないと思う。もっと強烈なイデオロギーとか核になるものがないと・・・という気がしてしまうのだ。(それがもはや古い(笑)?)数十年後に、きっと押し寄せるであろう海外からの移民が、何のこだわりもなく「第二・第三の消費」を目の前で謳歌するのを見て、エコ世代はどのように感じるのだろうか・・・
筆者も「第四の消費以降の第五の消費はどうなるか、と聞かれてもそんな未来のことはわからない」と断っているが、マクロ的にはもうちょっとそういう分析も欲しかった気がする。


第四の消費 つながりを生み出す社会へ (朝日新書)/朝日新聞出版
¥929
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「贖罪」「土曜日」「アムステルダム」「初夜」に続き、イアン・マキューアン長編5作目。
今、文句なしに、読むのが楽しみな海外作家の筆頭だ。
イギリスの中産階級(ややエリート層)の欺瞞を隠した日常が、偶然の非日常な事件を通して一気に崩壊していく様子、ディティールを深く細かく描くと同時に、緩急を際立たせて、非日常の暴力的・危機的シーンは一気に読ませるストーリーテリングの巧みさなどは、ブッカー賞受賞作の「アムステルダム」と共通している。
でも、こちらは、「愛」がダイレクトにテーマになっていて、シンプルな分、余韻が残る。
たまたま事故の現場を共通体験したことで、主人公の中年男性が、偏執的な若い男に一方的に愛を告白され、つけ回され、日常を破壊されていく、という奇想天外なストーリーだが、実話を元にしている。この、ド・クレランボー症候群と名付けられている、完全に一方的で、不断で、永続する妄想愛を示す精神病は、実際にいくつかの症例が報告されているそうだ。最後の付録に付された「イギリス精神医学研究」誌からの転載文が読む者をうならせる。

「愛の病理学範囲というものは通常の経験と隣りあうのみならず重なりあってもいるのだが、もっとも尊重される経験のひとつである愛が精神病と区別がつかないという事実は、時としてわれわれ人間には承認しがたい」


愛の続き (新潮文庫)/新潮社
¥720
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ボーダレスということに魅了される。今までもずっと、ボーダレスな学問、ボーダレスな芸術、ボーダレスな人物・・・といったいものに魅力を感じてきた。そういう意味で、イサム・ノグチの、アメリカと日本どちらにも属さない生き方も、パブリック・コマーシャル・庭園・建築・彫刻と既存の範疇におさまらないアートも、真にボーダレスで魅力的で、この本を読んでいるだけでわくわくしてしまった。
若い頃は、小説ばかり読んでいて、他のものが読めなかった。とりわけ、ドキュメンタリータッチや事実やデータの並んだノンフィクションものなどは、無味乾燥に思えて手にとらなかったのだが、最近では、こういうノンフィクションがすごく面白いと思う。
多分、昔なら、イサム・ノグチ個人の人生や芸術面での葛藤や苦悶、周囲の人々との関わり-とりわけ、葛藤に満ちた母や、39年間裏方に徹してイサム・ノグチの代理人として仕えた女性プリシラ・モーガンや、晩年のイサムに夫公認で愛人として連れ添った43歳年下の川村恭子との関係-などを、もっと深く立ち入って描いていないことに物足りなさを感じたかもしれない。

でも、対象に深くコミットして感情的・情念的な側面を描くということは、他方で、一面的・一方的になってしまう危険がある。そんな風に、人の内面や感情に一方的に立ち入るのではなくて、事実を一つ一つ丁寧に積み上げて描くことで、色んな解釈や深い余韻を可能にする。人の生き方や関係なんていうものは、ほんとは複雑で、他人がその見えてる部分だけで一刀両断できるようなものではない、ということが、わかったからかもしれない。要は歳とったということだろうけれど、そういうのが楽しめる自分になったことは嬉しく感じる。


イサム・ノグチ(上)――宿命の越境者 (講談社文庫)/ドウス 昌代
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イサム・ノグチ〈下〉―宿命の越境者/ドウス 昌代
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