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知る人ぞ知る体験・逸話 その2
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内山ワカ さんという、伝説・強信の女性の名前が、意外にも今の若者にも結構知れているという事がわかり、嬉しく思う次第であります。
内山ワカ Waka Uchiyama
法名・宝華院妙散日尊大姉
昭和39年4月1日逝去 享年 84才
故・内山ワカさんは、明治14年、内山伊三郎氏(日應上人時代の信徒)を父としてお生まれになられ、法道院で強盛な信心を貫かれた信徒でございました。
戦後、池袋で、主に飲食店(平たく言うと水商売)、風俗店等々を営み、豪腕・やり手の女性実業家として富を動かし、かなりの財を築いておられました。
しかし、ある頃を過ぎますとワカさんは、「このような商売は信徒として相応しくない」と申して、一切の生業を他人に引き継いだり廃業したりと、足を洗ったのであります。
そして、昭和30年代、法道院の再建発表以降、その土地の取得に多大な貢献をし、物資不足の当時、モンペ姿の土工夫として土木に従事し、夜中には夜回りをして出火の用心を促たのであります。
法道院の再建が決まるや大石寺に日参し、猊下様が御出向されるときは、塔中の参道で伏せ拝(下座)して御見送りしたのであります。
あるとき、日達上人猊下様が御出向されるとき、南之坊あたりで行道の足を止め、
「内山さん、内山ワカさん、」
と、お呼びになったそうであります。当時、多くの学会員が参道を埋めていたために、ワカさんの姿が見えなかったため、勿体なくもそのようにお声掛け・お呼びになったそうであります。そしてワカさんは「はい、ここにおります」と、後ろの方から返事をしたのだそうです。
いつの頃から、誰が気を利かたのかは定かではありませんが、ワカさんのために、誰かが、その場所に〝筵(ムシロ)〟を敷いてあったそうであります。
その筵に平伏したワカさんは、日達上人猊下様にご返事され、日達上人は満足げにニッコリと微笑み一礼して出向された、という逸話が残されているのであります。
そして、現在でも総本山大石寺・御影堂前の石階段に、御供養したワカさんの名が刻まれた石畳があるのであります。「内山ワカ」(カワ山内)という名がハッキリと刻まれた有名な石畳なのであります。
↑寄附主 東京 内山ワカ とある
(右から左へ)
ワカさんは、
「私は過去、信徒として相応しくない生業をしてきた汚れた女人の身であります。ですから、残りの人生は石畳のように人に踏まれて罪障消滅、心を綺麗に出直し、御奉公を全う致し、成仏の直道を歩むべきと思いまして、この石畳を御供養申し上げる次第であります。」
と申しまして、これまで築いた財の全てを大石寺に御供養申し上げたのであります。
この石畳は、長い年月、国内外の相当数の信徒の足に踏まれて来たのであります。そして、猊下様にも、御僧侶にも踏んで頂いているのであります。霊山のワカさんはさぞかし喜んでおられる事でありましょう。
そしてまた、いよいよ来る11月15日に御影様・御本尊様を御遷座、19日には御影堂記念大法要を奉修、御大会をはさみ12月20日まで記念大法要が執り行われるわけであります。
御影様・御本尊様も、御遷座の時、御影堂前の石畳を踏まれるのでありましょうか。こればかりは小生にはわかりませんが、いずれにしてもワカさんも大歓喜されることでありましょう。
小生も信心はかくありたく、尊敬する菩提寺の御住職様へ信服随従、毎日参詣して伏せ拝、御奉公を全うする決意で、12月の法要登山へ行かせて頂くものであります。