お手数かけます 95
九十五 おほけな くうき世の民におほうかなわがたつソマに墨染めの袖
前大僧正慈円
身分不相応に憂き世の皆さんにえらそーにしてるのよ
わがたつそま(比叡山だそうで)に住み始めてこんなえらそうな墨染めの袖身に着けて
パコソン苦手でこんな大それたことしてて恥ぢかしいけど控えめにがんばるわ、という意味
だったりする
■エロいというから 43
四十三 逢い見ての後の心にくらぶれば昔は物を思わざりけり
権中納言敦忠
あなたに逢って一回?(何回も)あんなことやらこんなことしちゃった後の
この一緒にいない時の悶々にくらべれば
逢う前の、あーでもあるか、こーでもないかと夢想してたことなんぞ、なーんも考えてないのとおんなじだったぜ、あいてー、やりてー!
てなかんじ
逢い見るってのは男女が契りを交わすって意味だそうで
これは誰しも実体験がありそうね、あったな。
■逢坂の関 10
ひとつよしなに
十 これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関
蝉丸
これがあの、あっち行く人も、こっち行く人もここで別れたり、知ってる人も知らない人もここで出逢うという逢坂の関であるか、
ふーん、ブログみたい
と、初書き込みの感想です
百人一首、カルタで覚えても意味わからん
旅してるとき、行き詰まったとき、あいつとやりてー時、
ふと、本になったそれをぺらぺらめくっているとそのシチュエーションに
ぴったりの一首があったりする
昔も今も考えることは一緒
美しい言葉で、破廉恥な欲望むき出しで、叙情的な趣たっぷりで、読み物として楽しめる現代誤訳?を紹介してみたいです
えらい先生にはしかられそーだけど。