大切な人を亡くした悲しみを癒す「グリーフ・カウンセリング」の権威であるJ.W.ウォーデン博士は次のように述べている。

 

「グリーフ・カウンセリングを通してできる教育の基本は、人々に、悲哀は長期に渡る過程だということ、そしてその終局は、悲嘆以前の状態には戻らないということに気づいてもらうことである。」

 

死ぬまで苦しみ続けるのなら何故生き続けるのか?という疑問が湧きそうだが、ウォーデン博士は、それでも解決策はあると言う。

 

「悲嘆が終わったことを示す目安は、苦悩なく死者を思い出せるようになった時である。愛した人を思う時、悲しみが伴うのは当然だが、死別当初のように号泣したり胸が痛くなるような身体的な痛みを感じることがなくなれば、再び生活に悲しみ以外の感情を持つことができる。」

 

全くもって、言い得て妙、だ。

 

夫の死から既に5年と7ヶ月が過ぎた。死別当初は少しでも早く立ち直ろうとして必死になった。まだ家に引きこもっていたい頃に「早く社会復帰しなければ」と焦り、就職活動をやってみたら早速採用になり初出勤の日がやってきた。行ったはいいが、午前中でまだ無理だと気がついた。ランチタイムが始まる前に退職を告げて、そのまま家に帰ってしまったことがあった。

 

また、女子会に誘われたので気乗りしないまま行った。服を買い、美容院にも行っておいた。皆が揃って食事が始まり、30分が過ぎた時、そこでの会話が無意味に思えた。私と彼女たちの生きている世界が完全に違うことを思い知り、頭痛がすると言ってその場を去った。

 

同じような「やってみて、後悔」を何度も繰り返し、そのうち、ある疑問が湧いた。

 

「そう遠くない未来なのか、気が遠くなりそうな先のことなのか、わからないけど、いつの日か、死別経験をする前の私に戻れる時がくるのだろうか?」

 

最初のうちは「必ず来る」と信じていた。根拠のない自信だった。更に時が過ぎると「頑張った場合だけ来る」と思い、まるで立ち直り合戦のように頑張った。でも、一向に目標に近づけない。死別から2年が過ぎた時、心身ともボロボロになり、過労と低血圧で倒れて病院に運ばれた。その出来事をきっかけに「もしかして、一生立ち直れないのではないか?」という疑惑が湧き始め、その疑惑を裏付けるような事実が日増しに増えた。今から1年前、つまり死別から4年半が過ぎた時にようやく正解がでた。

 

「私は決して立ち直ることはないだろう。昔の自分には、戻れない。」

 

夫が死んだ時に私も一緒に死んだと思うことにした。なので、今の私は全く新しい人格の人間。ただ、過去の記憶は捨てずに持っている。だから辛い。

 

私の未亡人仲間にも同じことをいう人が数人いる。夫と一緒に死んだので今は新しい自分で生きていると言う。いやあ、そうだろう。死別後1年か2年もすれば、とっとと次の男を作って半同棲状態だ。新しい自分はさぞかし楽しいだろう。ちょっと蔑む気持ちもありながら、その反面、羨ましい気持ちもある。男の話じゃなくて、新しい自分が元気で楽しくやっている人格だということ。残念ながら、私が得た新しい自分はそんなに楽しくない人だった。すっかり意気消沈して、無口になり、感情が鈍り、一日24時間をこなすためだけに黙々と生きている。できれば私だって、酒飲んで酔っ払って、死ぬほど笑って、男漁りして適当にひとり見つけて、その人とそれなりに楽しいことやってるフリしたかった・・・・・って、あれ?したいかなあ?・・・・・いや、したくない。なんだ、実は今の陰気キャラの自分に満足なのかもしれない可能性が出てきた。

 

「決して立ち直れない」と悟った時に、生きるのが少し楽になった。立ち直るプレッシャーから解放された。昔の、素直で明るく、屈託無い性格の私にはもう戻れないとわかったら、今の根暗で、無関心で、淡々とした自分でいいと思えた。いいというか、それしかないから仕方がない。

 

ウォーデン博士の見解が正しければ、私の悲嘆はまだ全然終わっていない。夫を思う時、大概は切ない気持ちになる。時には号泣することもある。今日も少し涙ぐんだことがあった。仕事の帰り道にふと空を見上げたら、都会には珍しくいつもより多くの星が見えた。タイプスリップしたかのように突然昔の記憶が蘇り、アメリカの自然豊かな大地の足元で夫とふたりで星空を見上げた時のことを思い出した。空には降ってきそうなほどの沢山の星が輝いていた。あれ程の星空は街の灯がない田舎でしか見られない。

 

「この星、全部、お前にあげる。たった今、俺がプレゼントしたから、これ全部お前のものだよ。」と彼が言った。

 

「え?全部、私のものなの?嬉しいなあ。ありがとう。でも多過ぎて持って帰れないね。」と、私。

 

「うん。そうだね。じゃあさ、こうしよう。このまま空に置いておこうよ。そしたら地球のみんなが星をみて楽しめるでしょ。みんなのために置いておこう。」

 

あの日以来、空を見上げて星が見えると必ずその記憶が蘇る。日本に再移住して、星が見えない都会に住んでから尚更、たまに星が見える夜はあの夜のことを思い出す。そして、まだ、涙なしには思い出せないから、涙で星が見えなくなる。幸い、星を見るのはいつも夜だ。夜道は人がいないから助かる。

 

50歳の大人が、タラタラ涙を流しながら歩く、仕事帰りの夜道。きっと、100歳になっても同じなんだろうなあ・・・