理想の夫婦像

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あれは今から20年以上も前のこと、最初の結婚相手と二人でロサンゼルスを旅行した時の出来事だった。

 

ゲティ・センター美術館を訪れた際に、白人の老夫婦がオープンテラス式のカフェのテーブルに横に並んで座り、一緒にクロスワードパズルを解いている光景が目に入った。特に高価な装いをしている訳ではないが、上品な身なりの二人は佇む姿も上品だった。交わす言葉数は少ないが、答えがひらめくとお互いを褒め合い、嬉しそうな顔で夫が答えを書き込んだ。

 

ロサンゼルスの穏やかな日差しの中、さえずる小鳥たちの声がBGMになり、まるで映画のワンシーンを見ているような錯覚に陥った。その美しい光景を目にした時間は僅か30秒足らずだったが、あれから20年以上が過ぎた今でも目を閉じると明確に思い出すことができる。私の脳裏にタトゥーされた。

 

当時の私は「できれば私も、あんな結婚がしたかった。」と思った。

 

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旅行から帰り、女友達と会った際に素敵な老父婦を見かけた話をした。

 

 

「二人で、静かに、クロスワードパズルをやってたのよ。美術館に来て、むやみやたらとウロウロ動きまくることもなく、カフェで静かにクロスワードパズルやってたの。言葉少なくても、二人とも幸せそうなの。私もあんな夫婦になりたかったなあ。あんな結婚がしたかったなあ。」

 

 

すると私より5歳年下の独身だった友人が大笑いしながらこう言った。

 

 

「そんなの、年寄りだからだよ。長年一緒にいて、もう話すネタが無くなったからクロスワードパズルでもやってないと時間が持たないからやってんだよ。ウロウロ動き回らないのは年寄りで動くのが辛いんだよ。若い夫婦は行動力もあるし、話すこともたくさんあるから、クロスワードパズルなんかに興味ないでしょ。若い男で奥さんと一緒にクロスワードパズルやる男がいたら、驚きだわ。フレンチブルさんも、年寄りになったら旦那とクロスワードパズルやれっから、今からやる必要ないでしょ!」

 

 

そんなものかなあ?と疑問に思った。でも、話す相手を間違えたような気がしたので、それ以上突っ込まずに話題を変えた。

 

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最初の夫は5歳年上のアメリカ人だった。生粋の悪人ではなかったが、道楽者の気質があったので結果としてお金に対して怠慢だった。それが原因でよく夫婦喧嘩をした。

 

また、落ち着きのない性格だった。集中力がないのか、気もそぞろなのかわからないが、とにかく、ひとつのことをじっくりとやれなかった。ひとつの場所にじっとしていられなかった。ADHDだったのかもしれない。

 

お出かけした際にスタバに行くと、買ったグランデサイズの冷たい飲み物を20秒で一気飲みしてしまい、するともうそこに座っていられない。飲むものを飲んだらもう店には用事がない。早く店を出て次の場所に行きたい、次の行動に移したい。カフェでせめて15分ほどゆっくりと座ってコーヒーを飲むことができない。それが悪いとは言わないが、私とは正反対なので私的には非常に困る。

 

一事が万事、その調子だった。彼と一緒にいると常に焦って行動しなければ行けなかった。

 

映画館だって、いつも、照明が消えて別の映画の予告編が流れ始めてから慌てて席を探した。暗闇の中を、ポップコーンとソーダのカップを持って、上着を持って、ハンドバッグを肩にかけて、「すみません。すみません」と言いながら知らない人の足の間を通り、知らない人の顔のすぐ側にお尻を突き出して歩くのが本当に嫌だった。

 

 

友人は「年寄りになったら落ち着くよ。」と言ったが、私はそうは思えなかった。年齢ではないと思う。性格だと思う。ゲティ・センター美術館で見た老夫婦はきっと、若い頃から二人で静かにクロスワードパズルをやっていたんだと思う。私は、自分の結婚を本当に恨んだ。

 

結局その結婚は破滅に終わった。当時32歳だった私は自分の結婚が破滅したことに対してすごく驚いたが、今の51歳になった私は「そりゃそうだろ。あれがうまくいくわけがない。」と思い、当時あんなに驚いたことに驚いている。

 

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再婚相手は(・・・というか、私にとってはこれが気持ちの上で本当の結婚なので、彼は私にとって「再婚相手」でも「二人目の夫」でもなく、「夫」なのだ。最初の結婚相手は夫ではなかったから「最初の結婚相手」と読んでいる。)出会った瞬間から一緒にクロスワードパズルができる人だった。

 

クロスワードパズルそのものはしなかったけど、一緒にモノポリーゲームや人生ゲームをした。ウォルマートで箱入りのボード・ゲームがセールになっているのを見つけた彼が「ブルちゃん。ゲームやろっか。」と言うので「うん!やろー。」と大賛成して購入した。

 

スタバに行くと、一緒に長居した。私は周囲の人間観察をしながら黙ってコーヒーを飲むことが楽しかった。小さなテーブルを挟んで、夫は持ち歩いている読みかけの本を出して楽しそうに読んでいた。「ブルちゃん。座りすぎてお尻が痛い。そろそろ行こう。」と彼が言うまで二人で一緒にそこに座っていた。

 

ハワイ島のコーヒー農園の中の農場ハウスに住んでいた頃は、辺りに照明がほとんどなかったため天の川が頭の上から降ってくるかのように見えた。夜空は大量の星に埋め尽くされ、星と星の間に隙間がないほどの星の数だった。私たちはパティオに出て天の川の下に座り、他愛もない冗談を言い合ったり、将来について話したり、仕事のことを話し合ったり、何時間もそこで過ごしたものだった。そこでは時は穏やかにゆっくりと流れた。

 

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なぜ今日こんな昔の話を思い出したかというと(特にゲティ・センター美術館で見た老夫婦のこと)仕事場の休憩室で全く会話の成立しない人と話したからである。これほど会話がすれ違う人も珍しい。会話のポイントが完全にミスしていた。お互いにトンチンカンな会話に相当疲れた。

 

これほど気の合わない人って、いるんだなあと思い、最初の結婚相手と暮らしていた日々を思い出したという訳だ。それに付随して老夫婦を思い出した。

 

 

価値観や考え方、行動パターンが似ている人は多くはない。違いは似ていない人だ。似ている人と出会ったら、奇跡。絶対に手放してはならない。墓場まででも追いかけよう。着いていこう。