東山にある雲龍院です。
瑠璃山雲龍院といい、泉涌寺の別院。
南北朝時代の応安5年(1372年)、北朝・後光厳上皇が竹巌聖皐を開山として創建。
江戸時代初期、隣接していた龍華院(北朝・後円融天皇が創建)を併合しています。龍華院は後円融天皇が写経会を始めた寺であり、日本最古の写経道場として雲龍院が継承しています。また、境内にはミステリー作家・山村美紗の墓があります。
西国薬師四十九霊場40番札所。泉山七福神めぐり5番札所(大黒天)。
庫裏。
龍華殿。
雲龍院の本堂。
江戸時代の寛永年間、後水尾天皇が再建したもので、重要文化財。
「龍華殿」の扁額は光子内親王(後水尾天皇第八皇女)の筆によるもの。
本尊・薬師如来像を安置します。
内部は写経道場ともなっており、後水尾天皇が寄進した写経机もあるとのこと。
勅使門。
龍華殿の正面にあり、皇族が参拝するときのみ、開かれます。
霊明殿。
明治元年(1686年)の建造物。
雲龍院開基である後光厳天皇と、雲龍院に併合された龍華院開基である後円融天皇の坐像が安置されています。
枯山水庭園。
霊明殿の前にあります。雲龍院は皇室と深い関係があることから砂で菊紋が描かれています。中央にある灯篭は、江戸幕府15代将軍徳川慶喜が寄進したもの。もとは当時泉涌寺が管理していた孝明天皇陵(後月輪東山陵)前にありましたが、幕末の動乱期に薩摩藩士が慶喜寄進の灯篭を投げ捨てたため、当時の雲龍院の住職がこの地に収めたと伝えられます。
悟りの窓。
悟りの間にあります。
大輪の間。
庭を臨んだところ。
鐘楼。
雲龍院;京都市東山区泉涌寺山内町36