こんにちは、ロイヤル麦茶です。

今回紹介する神社は山形県南陽市赤湯の烏帽子山八幡宮です。

御祭神は応神天皇、菅原道真、鳴雷神。

寛治7年(1093年)清原武衡が乱を起こし、源義家が下向して鎮定しましたが、弟の源義綱が北町八幡沢に祠を建て勝運の長久を祈ったのが始まりです。

赤湯温泉の温泉街近くにある烏帽子山公園の中に鎮座しております。烏帽子山公園には多数の桜の木があり、花見の季節には多くの方々が訪れるそうです。

 

JR東日本の「どこかにビューーン!」に申し込み、目的地が赤湯駅となったので、山形新幹線に乗って赤湯駅までやってきました。

 

ロッカーに荷物を預け、歩いて烏帽子山八幡宮へ向かいました。

 

しばらく歩くと赤湯温泉の石碑が建っておりました。

 

吉野川を渡った先が赤湯温泉の温泉街になります。

 

烏帽子山公園の一角に古峰神社がありましたが、伊佐須美神社をお参りした時によく見られた柱の祠でした。

 

先に進むと左手に石段がありました。

 

石段の左手には社号標が建っておりました。

 

社号標の手前には赤湯温泉市神社があります。

 

福男選びでおなじみの西宮神社から御分霊を勧請しております。

 

石段を上ります。

 

石段の左手には「輪廻の桜」と呼ばれる桜の木があります。

 

同じく石段の左手には古峯神社の柱の祠がありました。蓋が外れており、収められているはずの札はありませんでした。

 

石段を上ると康寿橋がありました。

 

烏帽子山八幡宮の鳥居は右手にあるので、康寿橋の下はくぐらず右手に進みます。

 

お参りしたのは12月だったので、当然ですが桜の花は見られませんでした。

 

先に進むと左手に石段がありました。

 

石段の上には大きな鳥居が建っておりました。

 

こちらの鳥居は継ぎ目の無い石鳥居としては日本で一番大きな鳥居だそうです。

 

確かに継ぎ目は見当たらないなぁ…。

 

石鳥居の右手に石碑や小さな祠がありました。

 

石碑には句が書かれておりました。

 

小さな祠は6宇ありました。

 

石鳥居の左手には池がありました。

 

池のそばには烏帽子山公園開園五十周年記念の歌碑がありました。

 

歌碑の後方には偕楽園記がありました。

 

大鳥居に戻り、後方の石段を上ります。

 

石段の途中に手水舎がありました。

 

手水が出ており、柄杓が用意されていたので従来通り清める事が出来ました。

 

石段を上ると狛犬がおりました。

 

先に進むと烏帽子山八幡宮の拝殿がありました。拝殿の周りには雪除けが施されておりました。

 

こちらは拝殿に掲げられている扁額です。

 

こちらは拝殿の右手にあります新営八幡宮碑です。

 

手前には石碑に書かれている文の概要がありました。

 

石碑の後方に境内社があるので行ってみます。

 

先に進むと赤湯神明宮がありました。

 

赤湯神明宮のすぐそばには伊勢皇大神宮二千六百年祭遥拝記念碑が建っておりました。

 

赤湯神明宮の左手に烏帽子山八幡宮の本殿があります。

 

赤湯神明宮の右手には温泉神社があります。

 

温泉神社の右手にある小さな祠は津嶋神社になります。

 

津嶋神社の右手には舛形神社があります。

 

こちらは境内にあります烏帽子石です。

 

烏帽子石には板碑が施されておりました。

 

烏帽子石のそばにありますこちらは何でしょうか…?

 

こちらは烏帽子岩八幡宮の拝殿左手前にあります社務所です。

 

社務所で御朱印を書いて頂きました。

 

社務所の左手後方に鳥居が建っておりました。

 

鳥居の方へ進むと右手に鳥居が並んで建っておりました。

 

先へ進みます。

 

鳥居の先に祠が2宇ありました。後で調べたところ、こちらは萬蔵稲荷神社になります。

 

ただ、祠が2宇あったのでどちらが萬蔵稲荷神社なのか、両方とも萬蔵稲荷神社なのかは分かりませんでした。

 

左手にも小さなが祠がいくつか見られました。

 

先程見かけたこちらの鳥居は萬蔵稲荷神社のものと思われます。

 

先程見かけた康寿橋を渡ってみました。

 

明治時代に作られたもので、「めがね橋」とも呼ばれております。

 

康寿橋を渡った後、石段を下り赤湯駅に戻りました。

 

 

烏帽子山八幡宮までの移動の様子をYouTubeにアップしております。自分のような公共交通機関を利用する方の参考になればと思いますが、今回は徒歩のみなので参考にならないかも…!?

 

 

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