仕事がテレワーク中心となって以降、定期券を買わなくなったので、電車を利用する際の運賃を浮かせる事が出来なくなりました。これもある意味テレワークのですね…。

 

それではお参りした神社を紹介します。今回紹介する神社は千葉県船橋市宮本の意富比神社です。船橋市の中心部より少し東側へ行った所に鎮座しており、船橋大神宮とも呼ばれております。

御祭神は天照皇大御神。

景行天皇40年、日本武尊が東国平定の際、平定成就と旱天に苦しんだ住民の為に天照皇大御神を祀り祈願したのが意富比神社の始まりで、延長5年に編纂された延喜式神明帳に記載されております。

 

京成本線の列車に乗車し、意富比神社最寄りの駅、大神宮下駅で下車しました。

 

大神宮下駅を出て左手に進むと意富比神社の社頭に到着します。

 

鳥居の右手には社号標が建っております。

 

鳥居の左手には味のある書体で書かれたお願い事が書かれておりました。

 

一の鳥居をくぐり、先に進みます。

 

参道脇にはいくつか石碑がありました。

 

先に進むと右手に土俵がありました。

 

左手には境内西側の鳥居が建っておりました。

 

こちらは参道に建つ二の鳥居です。

 

二の鳥居両脇にある狛犬です。「のぼらないことと書かれた注意書きがありました。

 

吽型の狛犬のそばに百度石がありました。

 

こちらは二の鳥居右手に立つ社号標です。一の鳥居そばの社号標は意富比神社と書かれておりましたが、こちらは船橋大神宮と書かれておりました。

 

先に進むと右手に手水舎があります。

 

柄杓が撤去されており、直接清められるようになっておりました。

 

一の鳥居から参道を真っすぐ進むと、拝所があります。奥に意富比神社の社殿が鎮座しておりますが、御祈祷を受ける人のみ瑞垣内に入る事が可能となっております。

 

拝所の右手には境内社の大鳥神社が鎮座しております。毎年12月の酉の日には酉の市が行われるそうです。

 

大鳥神社の左手には常磐神社が鎮座しております。意富比神社を崇敬していた徳川家康と徳川秀忠が祀られております。

 

常磐神社付近より意富比神社の本殿を見る事が出来ます。

 

本殿のそばにあるこちらは境内社でしょうか?

 

こちらは大鳥神社の後方にある灯明台です。明治13年(1880年)、地元の漁業関係者により建てられたもので、高さは12mとなります。普段は未公開ですが、正月三が日に限り公開されるそうです。

 

灯明台のそばには慰霊碑があります。

 


一部木に隠れて見えづらいですが、慰霊碑の前に境内社が並んで鎮座しております。

 

向かって右に鎮座する八雲神社です。

 

八雲神社の左手には豊受姫神社(外宮)が鎮座しております。豊受姫神社の本殿前には歯固めの石がありました。

 

豊受姫神社左手には天之御柱宮が鎮座しております。

 

八雲神社・豊受姫神社・天之御柱宮のそばには神楽殿があります。

 

神楽殿のそばには境内東側の鳥居が建っております。

 

境内の西側、意富比神社社殿の左側にも境内社が多数鎮座しております。

 

こちらは水天宮です。

 

水神社の左手、授与所の後方に大きな錨がありました。

 

こちらは稲荷神社です。

 

こちらは古峯神社です。

 

こちらは本町八坂神社と湊町八剱神社の神輿奉安殿です。中に安置されている神輿を見る事が出来ます。

 

こちらは金刀比羅社です。

 

こちらは八幡神社、竈神社、龍神社、道祖神社、多賀神社・客人神社の合殿です。

 

こちらは住吉神社・岩島神社、春日神社・祓所神社、鹿島神社・香取神社、安房神社・玉前神社、天神社・天満宮の合殿です。

 

こちらは三峯神社です。

 

こちらは楥田比古神社の石碑です。

 

こちらは根神社・粟島神社、岩長姫神社・祈年穀神社、大山祇神社・阿夫利神社、大國主神社・事代主神社、産靈神社、水神神社の合殿です。

 

こちらは船玉神社です。

 

本殿の一部は船首を模った造りになっております。

 

船玉神社の左手は大神宮下交差点前に続く参道になっており、一の鳥居と二の鳥居、「式内社 意富比大神宮」と書かれた社号標が建っております。尚、常磐神社の後方、境内北東側にも鳥居が建っておりますが、そちら側には行っていない為、写真は撮っておりません。

 

意富比神社の御朱印です。授与所で頂いております。尚、今回は頂いておりませんが、灯明台が描かれた御朱印帳の授与が行われております。

 

 

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