ちょっと前までは「残暑が厳しい」とぼやいておりましたが、ようやく残暑もひと段落しそうですね。日が暮れるのも早くなりましたし、ようやく秋を感じるようになってきたでしょうか。

 

それではお参りした神社を紹介します。今回紹介する神社は栃木県塩谷郡塩谷町船生の岩戸別神社です。塩谷町のほぼ中心に鎮座しております。

御祭神は天手力雄命。

弘仁元年(810年)、字鳥屋の越と称する山上に奉斎されたのが岩戸別神社の始まりとされております。その後、字横峯の山に遷座され、享徳年間(834年~848年)に現在地へ遷座されました。

 

前回紹介した鷄頂山神社の里宮と温泉神社をお参りした後、野岩鉄道会津鬼怒川線の川治温泉駅に戻りました。

 

川治湯元駅より下今市行きの列車に乗車しますが、野岩鉄道は交通系ICカードが利用できない為、きっぷ売り場で係員さんからきっぷを購入します。

 

ちなみにきっぷは車掌さんが持っているものと同じ携帯型車内券売機で発行されます。

 

改札を通るとリアルなかわじいが描かれた石がありました。

 

こちらの石には超有名なネコが描かれておりました。そしてダジャレも書かれておりました。

 

こちらのオブジェは東日本大震災以降に設置されたものでしょうか。

 

川治温泉駅のホームは高架上にあり、ホームに続く階段とエスカレーターがありますが、この日はかなり蒸し暑く、鷄頂山神社の里宮と温泉神社を行き来しただけでかなりの体力を奪われたので、体力温存の為、エレベータを利用しました。

 

ホームに上り、しばらくするとトンネルを抜けてきた列車がやってきました。

 

東武日光線・伊勢崎線の下今市行き列車に乗車します。

 

車窓を楽しみたいところでしたが、トンネルの中が冷えていたようで、寒暖差により窓がくもっておりました。

 

新藤原で16分間停車するので、車両から降りて川治湯元駅へ向かう際に撮影できなかった新藤原駅の様子を撮影しました。

 

再び列車に乗車し、バスに乗り換える為、東武鬼怒川線の新高徳駅で下車しました。

 

乗車した列車が下り列車との行き違いの為に停車しておりましたが、やってきた列車はなんとSL大樹でした。横向きで撮影したかったのですが、自分が撮影する直前に前の方で別の方が撮影の為に出てきて、フレームに入ってしまうのでやむを得ず縦向きにして人が入らないように撮影しました。

 

SL大樹が通過したので、乗車した下今市行きの列車が新高徳駅を出発しました。

 

新高徳駅は大谷向~鬼怒川温泉間昭和レトロ化工事により、昭和レトロ調になっております。

 

駅舎はウッドデザイン賞を受賞しているそうです。というか、そんな賞があるんですねぇ…。ちなみに新高徳駅は1959年(昭和34年)7月1日に廃止となった東武矢板線の始発駅で、東北本線の矢板駅までの間を結んでいたそうです。

 

新高徳駅からしおや交通のバスに乗車します。新高徳駅と矢板駅を結ぶバスで、平日と土曜日に運行されております。

 

 

新高徳駅を発車。しばらくバスに揺られます。

 

岩戸別神社最寄りとなる船生宿下バス停で下車しました。バス停には「住宅入口」と書かれておりますが、旧称のようです。

 

バス停から矢板方へ進むと岩戸別神社の方角を示す看板があったので、看板に従いそちらの方向へ進みます。

 

通りの入口に「芭蕉通り」と書かれた石碑があったので、これから進む道は芭蕉通りと思われますが、通りの名の由来は分かりません。松尾芭蕉が通ったとか…!?

 

しばらく歩くと岩戸別神社の鳥居が見えてきました…ってどこに鳥居があるか分かるかな!?

 

先に進むとバスの操車場らしき広場とバス停がありましたが、バス停には時刻表が貼られておりません。ひょっとすると小学校か中学校のスクールバスが発着するのかな!?

 

ここまでくるとさすがに鳥居が分かるかな。

 

ようやく岩戸別神社の社頭に到着しました。

 

一の鳥居の右手には社号標が建って立っております。

 

一の鳥居をくぐると水口と水盤がありますが、水口がししおどしとなっておりました。

 

水盤とししおどしの水盤の他に、一の鳥居そばには鳥居建設記念碑と境内参道改修記念碑がありました。

 

参道を進みます。

 

参道を先に進むと鳥居の亀腹らしきものがありました。以前はこちらにも鳥居が建っていたのでしょうか!?

 

という事は、石段の途中に建つこちらの二の鳥居は以前、三の鳥居だったかと思われます。

 

尚、二の鳥居右手には聖徳太子の碑がありました。

 

石段を上りきると左手に手水舎があります。

 

水口から手水が出ておりましたが、柄杓は撤去されておりました。

 

こちらは神楽殿です。手水舎の向かい側奥にあります。

 

神楽殿のそばには神徳照萬古と書かれた石碑がありました。

 

手水舎より参道を先に進むと狛犬があります。

 

狛犬の後方に岩戸別神社の拝殿が鎮座しております。

 

拝殿に掲げられている扁額です。

 

こちらは岩戸別神社の本殿(覆殿)です。

 

岩戸別神社の拝殿右手に夢福神の像があります。夢福神は下野地域の神社九社で構成されておりますが、栃木県益子町の益子鹿島神社に替わって岩戸別神社が九社のうちの一社になったようです。

 

本殿の右手には大国様が祀られておりました。

 

大国様のそばに力石がありました。ビニールが被せられておりましたが、「力」の文字が刻まれておりました。手前には小さな丸い球があります。

 

その他社殿の右手には忠魂・武運長久碑などの石碑や小さな祠がありました。

 

拝殿の左手にも小さな祠が多数並んでおりました。1枚目の写真向かって右は愛宕神社と分かりましたが、他の祠について詳細は分かりませんでした。

 

小さな祠の後方には力岩があります。

 

手前には「力」と刻まれた丸い球がありました。

 

力岩の左手には稲荷神社が鎮座しております。

 

力岩の手前には天地石が地面に埋まっておりました。右側の陰のパワーストーンで、左側が陽のパワーストーンだそうです。

 

岩戸別神社の社殿の横から後方にかけて遊歩道になっており、車窓の中を巡る事が出来ます。

 

稲荷神社や天地石の左手から遊歩道に入った所に高原山遥拝所があります。高原山は岩戸別神社の境内北側にある山々の総称で、前回の記事で紹介した鷄頂山もそのうちの一つとなります。一番標高の高い釈迦ヶ岳には高原山神社が鎮座しております。

 

こちらは社叢に立つ縁結び杉です。

 

岩戸別神社の社叢を中心に干支杉と呼ばれる杉の木が十二本立っており、境内で十二支巡りをする事が出来ます。こちらは子の杉です。

 

こちらは丑の杉です。

 

こちらは寅の杉です。

 

こちらは卯の杉です。

 

こちらは辰の杉です。

 

こちらは巳の杉です。岩戸別神社の拝殿右手に立っております。

 

こちらは午の杉です。神楽殿のそばに立っております。

 

こちらは未の杉です。一の鳥居そばに立っております。

 

こちらは申の杉です。

 

こちらは酉の杉です。

 

こちらは戌の杉です。

 

こちらは亥の杉です。

 

こちらは参道左手にある社務所です。

 

社務所で御朱印を頂きました。

 

高原山遥拝所でお高原山神社の遥拝したので、高原山神社の御朱印も頂きました。本来であれば、釈迦ヶ岳上の高原山神社まで行ってお参りするのが一番だと思いますが、登山経験がほぼ皆無なので…。

 

尚、前回紹介した鷄頂山神社の御朱印も岩戸別神社で頂いております。

 

帰りも船生宿下バス停よりしおや交通のバスに乗車しますが、バスが来るまで時間があるので、岩戸別神社にある東屋で休憩する事にしました。

 

しばらくすると雲行きが怪しくなってきました。

 

土砂降りの雨が降り出しました。

 

バスが来る時刻が迫る中、雨がなかなか止まず焦りましたが、雨がほぼ止み、日が射してきたのでバス停に向かいます。

 

船生宿下バス停に到着。この頃に雨は完全に上り、青空が広がっておりました。

 

こちらのバス停には旧称の上に船生宿下と書かれたテプラが貼られておりました。

 

バス停後方の塀には物凄く小さなカエルが数匹おりました。

 

バス停に到着してからしばらくすると新高徳駅行きのバスがやってきました。

 

再びバスに揺られます。

 

新高徳駅に戻ってきました。地面が濡れてなかったので、駅周辺は雨が降らなかったようです。

 

乗車したバスは新高徳駅到着後、すぐに板谷駅に向かって出発しました。

 

東京に帰りますが、帰りも東武鉄道の株主優待券を使用します。ただし、新高徳駅には自動改札が無いので、改札のそばにあった乗降車駅証明書発行機で証明書を発行しました。下車する駅の窓口で駅員さんに株主優待券と一緒に渡します。

 

下今市行きの列車がやってきたので乗車します。

 

下今市駅、新栃木駅、南栗橋駅で乗り継ぎを行い、2時間半かけて北千住駅に到着しました。ケチらずにスペーシアかリバティに乗車すれば良かったかな…!?

 

 

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