ロンブー敦の嫁さん(父より「娘の取説」)

 

以下引用

取扱説明書(保証書付)
 ●この取扱説明書は、香那を安全に使用していただくため、

 必要な注意事項、使用方法が記載されています。

 必ずよくお読みいただき、正しくご使用いただきますよう

 お願い致します。



「ご使用上の注意」

 1.何故か生まれつきの天然が入っており、

 いろんなチョンボを多発させる恐れがあります。

 最悪の場合、貴方様が大切にしているものを

 壊してしまう場合もありますが、

 何の悪意もないおっちょこちょいの仕業と見なし、

 大きく寛容で我慢強い対応をお願い致します。

2.もし可能であれば、年一回のオーバーホールを推奨致します。

 製造元は、毎年一回、ハワイに家族全員の

 オーバーホール旅行を定例化しておりますので、

 そこに同行させることにより、機能維持回復に

 抜群の威力を発揮するものと推察致します。



「保証に関してのご注意」

 1.結婚式終了後のお取替え、ご返品はお受けできませんので、

 永遠に優しく、大切にお取り扱い下さい。

 2.品質につきましては、深い愛情により

 維持することが出来ますので貴方様に一任致します。

 3.万が一、お二人の間が故障した場合には、

 お申し付けいただければ無料で修理にお伺いします。

保証書

 香那は、製造元が愛情いっぱいを降り注ぎ、

 おおらかで、控え目で、大変心根のやさしい娘に育成致しました。

 不規則、多忙、且つ、ストレスが多いであろう仕事を持つ貴方様に

 最高のやすらぎと小さな幸せ感を日々与えてくれることを

 保証致します。
 

 

 

惜しみなく与える

惜しみなく与える

テーマ:
南蔵院住職、林覚乗氏の心に響く言葉より…


ある本にこんな話が載っていました。

中年の奥さんが街を歩いていると、若い男がパンクの修理をしていたそうです。


「パンクですか」と奥さんは声をかけました。

すると、返ってきた言葉は、

「見りゃわかるだろ、お前、あほか」


「パンクですか」という言葉に、「大変でしょうね、お困りでしょうね」という思いを込めたつもりが、相手には一切通じなかったのです。

「残念でたまりません」と奥さんは述懐していました。


私は、交通安全協会にときどき講師として呼ばれるのですが、そのときに、いつもこの話を取りあげます。

そしてその後で、ちょっとしたシミュレーションを行うのです。

車に乗って大きな道路を走っている場面をまず想像します。

あっ、脇道から車が出てきました。

こちらの流れの中に入ってこようとしています。

譲って、前に入れてあげることにしました。


その際、相手がクラクションを鳴らしてくれたり、手を振ってくれたり、にっこり笑ってくれたりすると、「ああ、止まってあげてよかったな。いいことをしたな」と思います。

ところが、相手が素知らぬ顔でそのまま行ってしまったとしたら、何か損をしたような、無駄なことをしたような気になって、腹立たしくさえ思ってしまいませんか?


でも、大事なことは、譲ってあげることのできた自分なのです。

そんな優しさを持っていた自分をほめることができればいいのです。

それが、ほとんどのひとは、止まってあげたのだらから、あなたは手を振るべきだ、クラクションを鳴らすべきだ、にっこり笑うべきだというような思いを、先に持ってしまうのです。

求めるのではない、自分自身が相手にいい出会いを与えたかどうかということ、それだけあればいいのだと思いたいものです。


ノートルダム大学の渡辺和子さんは、著書の中でこうおっしゃっています。

「あなたがほほえみをあげるときに、ほほえみを返してくれなかったひとは、ほほえみを持っていないのだ。

あなたは持っているのだから与えてあげなさい。

優しい言葉をかけたときに返してくれなかったひとは、優しい言葉を持っていないのだ。

あなたは持っているのでしょう。

惜しみなく与えてあげなさい。

それがあなたの素晴らしさでしょう」


世の中にひとりしかいない自分、かけがえのない自分、そんな自分がどのような生き方をしているか、思いの持ち方をしているか、その自己確認をすればいいのではないでしょうか。


自分が好きですか』西日本新聞社




いいことをしたとき、相手からの反応を期待してしまうのが人間だ。


何かの情報を教えてあげたとき。

何かのアドバイスをしたり、手伝ってあげたりしたとき。

掃除をしたりゴミ拾いをしたとき。

人が足りないからと、講演会やパーティなどの参加要請に応えて、忙しい中を参加したとき。


そして…

相手からのお礼や感謝の言葉を期待してしまう。


「優しい言葉をかけたときに返してくれなかったひとは、優しい言葉を持っていないのだ」

惜しみなく与える人でありたい。

 

彼は片田舎の丸太小屋で生まれた。学校は貧しさのために断続せざるを得なかった。
彼が正規の教育を受けたのは、合計しても一年に満たない。
二十代になって事業を起こす。だが、失敗した。その上、恋人の死という非運に見舞われ、
自身は神経衰弱を患う。その中でも彼は独学し続けた。
そして二十七歳の時、弁護士の資格を取得する。
労働に明け暮れた経験。弁護士活動で得た見聞。それが止みがたい夢と激しい志を育み、

彼を政治へ駆り立てた。 だが、なだらかな道ではなかった。三十代では下院議員選挙二度、
四十代でも上院議員選挙に二度、落選した。四十七歳の時、副大統領選挙に立候補したが、
これも落選した。 しかし、彼は逃げなかった。夢と志が逃げることを許さなかった。

そして大統領の座を射止めたのは五十一歳の時だった。
彼は南北戦争を戦い抜き、奴隷解放という新しい歴史を切り開いた。
彼の名はアメリカ第十六代大統領エイブラハム・リンカーンである。

十八世紀から十九世紀にかけ、世界に重くのしかかる難題があった。梅毒の跳梁である。
決定的な解決策を見出せず、密かに人類の滅亡さえ予感された。
曙光が射したのは二十世紀に入ってだった。
一九一〇年、梅毒の化学療法剤サルバルサンが発明されたのだ。
発明家はコッホ研究所の研究者パウロ・エールリッヒである。
このサルバルサンは別名六百六号と呼ばれる。ヒ素化合物の試作品を次々と作って、
六百六番目に初めて得られた目的を達する薬だったからである。
つまり、エールリッヒは六百五回失敗を繰り返し、その数だけ失望と苦悩を味わったのである。
研究にとって最も大事な物は何かと問われ、エールリッヒはこう答えた。「忍耐」。

時代の古今、洋の東西、分野の差異を問わず、新しい歴史を切り開いた人たちがいる。

それらの人たちに共通する条件を一つだけ挙げれは、こう言えるのではないか。
困難から逃げなかった人たち、困難を潜り抜けてきた人たち――だと。
新しい時代に適った夢と志を実現する。 「歴史創新」とはこのことである。
そして、夢と志を実現しようとする者に、 天は課題として困難を与え、試すのではないか。

松下幸之助の言葉が聞こえる。 「百篇倒れたら百篇立ち上がれ。万策尽きたと言うな。
策は必ずある」 困難から決して逃げない――私たちの歴史もそこから開けてくるのだと
肝に銘じたいものである。


『致知』編集発行人 藤尾 秀昭