いつかヅカオタになる日まで

宝塚と聞けば競馬ではなく歌劇、ニュースといえばタカラヅカニュース(専門chで1日4回放送。事前録画で有名)の日々を、時折猫の写真を織り交ぜながらゆるゆると綴ります。


テーマ:
さて。
絶賛公演中の雪組公演を観てきました。
アルカディアもフランス(1970年代?)が舞台なんですよね。
時空を超えて、フランスを堪能してきました( ´ ▽ ` )


まずはお芝居の感想を。
(ネタバレしますので、ご注意ください)

パンフを読んで、
生田先生の愛が重い
と感じたのは、わたくしだけでしょうかw
フォントが小さくなって、びっしりコメントされてる


わたくし、すっごく泣いたんですよ(・∀・)
歌詞もメロディーも素晴らしいし、
のぞ様はじめ、雪組生の歌唱がすごくて、
今まで宝塚歌劇で描かれたフランス革命ではなく、
新たなフランス革命の描かれ方でした。

歴史上の人物もたくさん出てきますが、
タレーランとかフーシェとか知らなくても、単純に楽しめると思います。
盆も回るし、高さもあるセットだし、
2階席(B席でした)でも、十分に楽しめました。

お衣装もね、「1789-バスティーユの恋人たち」より民衆の衣装も小綺麗で、
ザ☆宝塚歌劇だし、
斜めの線があらゆるところに走っていて、
革命のシンボル☆ギロチン☆
を至る所で感じられます。
なんならセットの橋も、斜めカット

冒頭、ルイ16世の裁判から始まり、
死の天使サン・ジュストの演説が判決を決定づけます。

あーさ(朝美絢)は、組替えして成功ですよね( ^∀^)
サン・ジュストは、どこかメフィストフェレス的な描かれ方かと感じました。
あの、アシンメトリーな髪型とかが、人外の存在ぽく見せるからかな?
かなり初手から、ロベスピエールに心酔していて、革命のシンボルに祀りあげようとする。


また、ロベスピエールは一般人の感じる感情がない(分からない)人物です。

それは彼の生い立ちによるのですが、

徹底的に孤独だと、孤独だということも分からないのだな

と思わされずにはいられません。


マリー=アンヌ(真彩希帆)と出会った時に、
「家族愛は下宿先の家族を見て学んでいる」というようなセリフがあって、
ここで、ボッと涙が吹き出ました…

なんでこんなに感情の欠落してる人間が権力を得たのかな?
と思うのですが、
欠落してるから、という逆説の理由により、
ロベスピエールは権力者に仕立て上げられていくのだと思うのです。


理想を追い求めて現実を直視しない(させてもらえない)彼は、
いわば、中身のない道化です。


そのクライマックスが、唯一の権力者となって、
用意された祭の主人公になった時。


友もなく、恋人もなく、
似合うはずもない神の衣装を身につけた道化。


ここでようやく、ロベスピエールも自覚するのです。
遅すぎるほど遅い。


どこまでも孤独だという描き方がね、
容赦なくて残酷だと思いました。
(それに見合うほどの残酷な振る舞いをしてきたからだと言われれば、その通りですが)


空っぽの道化が「人間」に戻るのは、
己が己を裁いた瞬間です。


マリー=アンヌにさえ刃を向けられていたことを知るロベスピエールは、
そこでも道化なのですが、
マリー=アンヌの想いに、やっと「人間」として生きられる。
2人の《もしも》を重ねた結果、
寄り添うマリー=アンヌの背中を、
ひかりのある方へ押し出して、
「生きろ」
と願うロベスピエール。


ここで、
マリー=アンヌに出会った当初、
革命の先にある理想を語り合った時の純粋な笑顔を思い出して、
涙が止まりませんでした( ;∀;)


革命家たちも、それぞれ恋人や家族がいて、
それが単に歴史の上の名前だけの存在ではなく、
血肉を持って存在していたのだ、と観客に思わせます。

なんていうか、
タレーランて妖怪みたい
なんて、しみじみ思ったり。
さすが夏美よう様


ちょっとマジメに語り過ぎましたが、
素敵な作品でした。
東京では、どんな風に感じるかなあ。


のぞ様きいちゃん、お披露目おめでとうございます( ´ ▽ ` )


ショーの感想は後ほど。
ポチッとくださいますと幸いですニコニコ
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