福山競馬の開催数は14回というのが、昭和49年度から8年続いていたこともあって、関係者間に定着していましたが、当年度は科学博協賛特別競馬を加えて16回に増やされました。
この科学博は1985(昭和60)年3月の「つくば万博」のことだと思われ、昭和58年度も3回行われました。
万博当時に小学生だった私は、万博うんぬんよりもマスコットキャラクターの「コスモ星丸」のデザインが好きでした。
↑ コスモ星丸。
つくばエキスポセンターのホームページを見ると、今も現役さんです!
コスモ星丸フィギュアマスコットが欲しくなった (๑❛ᴗ❛๑)
話を福山競馬に戻しまして。
昭和40年代の賑わいのあと、昭和52年度をピークに長く売上の減少を続けてきた福山競馬場。
当年度は、上述のとおり開催数の増加もあって、売上総額は久しぶりに対前年度比プラスとなります。
しかし、ファン1人当たりの購買額(=客単価)は増加しますが、入場人員の減少が止まらなかったため、ひと開催当たりの売上は前年度を下回りました。
このようにポジティブな要素もあったものの、売上がガクッと減少した前年度のショックを拭い去るには到底及ばぬ状況でした。
私は経済には詳しくはありませんが、フォークランド紛争やレバノン侵攻といった国際情勢の不安定さなどから国内景気は漫然と推移していたようですので、地方都市の福山に景気回復の兆しが感じられるような空気はなかったと推察されます。
当年度に関しては健闘したと言っても良いのではないでしょうか。
一方、スターホースの流出が相次いだ点も痛いところで、福山大賞典史上に残る名勝負を繰り広げた、テルステイツとウインホープ。
テルステイツはその後のレースに出走することなく、兵庫へ転出。
ウインホープもシーズン前半をもって南関東へ転出。
60キロを超える負担重量が課されるようになった両馬には、文字どおり負担が重くのしかかり、この先の在籍をためらわせることとなりました。
テルステイツよりもスピード面にパラメータが振られたタイプといえるウインホープは、より厳しい条件にさらされたと見ていいでしょう。
つい数年前まで、両馬よりもはるかに小柄なヤナイエースが60キロ台半ばの負担重量を易々とこなしてきたのを目の当たりにしていたのですから、関係者が規定を見直すのは早計と思ったのも仕方ないかもしれませんが…。
① S57/4/10(土)
【 8R / 天候:晴 馬場:良 】 C1 1600m
1着 セコセンジユ [牝5・54・藤井勝] 1.48.1
2着 クニノパワー [牡6・55・吉井昭] (0.2)
3着 カンダコトブキ [牡7・54・末廣卓] (0.5)
【 9R / 天候:晴 馬場:良 】 新緑賞 [B3] 1800m
1着 フアストビーチ [牝6・54・小嶺英] 2.02.3
2着 ヒダカテンジン [牡8・54・藤尾育] (0.8)
3着 チツプスター [牡7・54・岡山重] (0.0)
② S57/4/11(日)
【 8R / 天候:晴 馬場:良 】 B2 1600m
1着 クラセイエース [牡7・54・外山清] 1.48.8
2着 ミヤトラブアン [牡5・55・渡辺勝] (0.1)
3着 フクアイフル [牡8・54・北野多] (0.2)
【 9R / 天候:晴 馬場:良 】 第9回福山ダービー [4歳] 1800m
1着 ミハルモンテス [牝4・53・黒川幹] 2.02.9
2着 コタカロイヤル [牝4・53・藤井勝] (0.0)
3着 ハヤブサホープ [牡4・54・藤尾育] (0.4)
4着 ミハルタガミ [牡4・54・那俄性哲] (0.3)
5着 エルトモ [牡4・54・神原勝] (0.0)
6着 ビンゴフクフジ [牝4・53・末廣卓] (0.4)
7着 マイテツト [牡4・54・吉井昭] (0.4)
8着 ハイセンプウ [牡4・54・小嶺英] (1.2)
9着 ミハルミツキー [牝4・53・田代専] (2.6)
③ S57/4/12(月)
【 8R / 天候:晴 馬場:良 】 B1 1600m
1着 アキノランナー [牡6・55・藤尾育] 1.48.0
2着 ウインタヤギ [牡6・55・黒川幹] (0.4)
3着 ヤングヤマチヨ [牡5・55・北野多] (0.5)
【 9R / 天候:晴 馬場:良 】 サンケイスポーツ賞 [C2以下 5・6歳] 1800m
1着 イシマルオー [牡6・55・小嶺英] 2.01.3
2着 ハードジユエル [牡5・55・那俄性哲] (0.3)
3着 モーニングアロー [牡6・55・黒川幹] (0.4)
④ S57/4/24(土)
【 9R / 天候:晴 馬場:良 】 A3 1800m
1着 シユナイダエース [牡5・55・小嶺英] 2.01.1
2着 アイドルベビー [牝6・54・田代専] (0.2)
3着 リニヤステツプ [牡6・55・吉井勝] (0.0)
⑤ S57/4/25(日)
【 9R / 天候:晴 馬場:良 】 A1 1800m
1着 ウインホープ [牡5・61・高本敏] 1.59.0
2着 フジヨシマサ [牡9・53・小嶺英] (0.1)
3着 ハクバヒーロー [牡6・52・吉井勝] (0.4)
⑥ S57/4/26(月)
【 9R / 天候:曇 馬場:良 】 福山さつき賞 [A2] 2250m
1着 ナドラリンボー [牝5・54・荻田恭] 2.35.5
2着 アギラス [牡6・55・小嶺英] (0.2)
3着 マツノタケ [牡7・54・宮岡大] (0.1)
↓ 全レース競走成績はこちら
開幕開催は、福山ダービーと福山桜花賞が前後半のメインに据えられる豪華番組が組まれるのが通例となっていましたが、売上回復を期してテコ入れが施されることになりました。
ただ、このテコ入れというのが、福山桜花賞を次開催に移し、代わりに次開催から福山さつき賞を当開催に持ってくるという内容でした。
これにより、福山桜花賞は「花見気分も忘れ去られた5月」に、福山さつき賞は「レース名にそぐわない4月」に行われることになってしまったのです。
実は、当開催の後半週。
作家・山口瞳氏の一行が来福しており、「草競馬流浪記」にその顛末が掲載されています。
文中には、事務局長自らの、福山桜花賞は「桜も何も散っちまって恥ずかしいんです」、福山さつき賞は「四月でね、ファンの方に文句を言われるんです」とのコメントが。
前年度末にはB級以下の馬でファン投票レースをやってみた、なんてのもあったりしましたので、当時の迷走ぶりが窺えますね。
さて、前年度まで3年連続で雨にたたられた開幕重賞、旧4歳の精鋭による第9回福山ダービーは、デビュー年を引っ張ったホクトチドリが状態悪化で出走を断念。
さらに、牡馬のステップレースの弥生賞で後続を突き放したアキノダイドウも圧勝の反動が来たのか、回復が追いつかず出走回避。
有力馬が次々に姿を消し、“戦国ダービー”の装いとなりました。
レースがスタートすると、最内1番枠から2番人気ハヤブサホープが先手を取り、コタカロイヤルとミハルミツキーがこれを追って、1番人気エルトモが単独4番手。
ハイセンプウ、ミハルモンテス、ミハルタガミが中団を取りました。
最初の直線、ミハルミツキーが折り合いを欠いて2番手に上がり、ハヤブサホープをつつく形になったことで、勝負どころを前にペースは上昇。
向正面から第3コーナーへの攻防でミハルミツキーとエルトモが先団から脱落し、ミハルモンテスが内をすくって3番手まで進出しました。
先頭を死守するハヤブサホープでしたが、コタカロイヤルに並ばれ、さらに外へ切り替えたミハルモンテスが強襲してきたことでついにギブアップ。
残り100mをびっしり競り合ったコタカロイヤルとミハルモンテスでしたが、最後はアタマ差ながらもミハルモンテスは余裕残しで差し切りました。
ミハルモンテスは5番人気の伏兵ながら、内から外へと進路を切り替えつつ、最後の直線をスピードに乗せて駆けさせた黒川幹生騎手のファインプレーが光った一戦でした。
また、高本修一厩舎“ミハル軍団”3頭出しの執念が実った一戦とも言えるかもしれませんね。