父の日ですが母の事を。 | 水戸の美容室ローズヒップmihoのブログ

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先日、こんな講座の案内が届きました。
 
国家資格ではないのですが

でもいつか こういう事をするのかなとは思っていました。
母が亡くなる前に居た病院、胃瘻や点滴だけ受けてオムツをした
 
高齢の入院患者が多く 治療も無くリハビリも無く退院も見込めない人ばかりで
 
患者同士の会話もほとんど無い もの寂しい病室でした。
 
それでも火曜日には床屋さんの男性が病室に来て患者さんに話しかけながら
 
ヘアカットをしているのを見かけました。

 

寝たきりの患者さんの髪を切ってシャンプーはしないけど蒸しタオルで顔を拭いていたかな。
 
母も脳梗塞と大動脈解離で左半身マヒで寝たきり。
 
意思の疎通はできましたがあまり会話にならず、鼻から胃までチューブが入っていて
 
それは相当痛いらしく、時々自分で抜いてしまって看護師さんに怒られて。
 
自分で外せないように手袋をされて腕を固定されていた時もありました。
 
悪い事をした子供の様な表情で目に涙を溜めていた姿を思い出すと
 
今でも胸が痛くなり忘れられません。
 
時々、夜だけでもチューブを抜いてもらえるように
 

看護師さんに嫌な顔をされながらもお願いしました。

 

入院前の母はデイサービスやショートステイ、自宅にヘルパーさんが来てくれたり

 

休みの日は私が行ったり、我が家に泊まりに来たり という生活で

 

不便でも最後まで自宅で過ごしたいという思いが強い人でした。


娘に迷惑をかけたくないという思いもあったと思います。

 

私はヘルパーの資格も無く、講習も受けたことは無いので

 

母に聞きながら、ヘルパーさんにも教わりながらの介護でした。

 

ヘルパーさんのプロの良さ、安心もありますが

 

家族にだから言える事もあり、介護は本当にケースバイケースだなと実感しました。

 

母はヘルパーさんには娘の愚痴を。私にはヘルパーさんの愚痴を言ってました(笑)

 

ある朝母が倒れ、ICUに入り助かったものの長年のリウマチのせいで弱ってしまった骨と

 

心臓と内臓の状態から手術は難しく医師から「もうできる治療はありません」と言われて

 

余生を終えた病院に転院しました。

 

でもどんな状態になっても尊厳はあって、

 

人として生きるこいうことは死ぬ直前まで平等に大事な事で

 

顔を拭いてマッサージをすると本当によい表情になったし

 

背中を摩るとうっとりと目をつむり、時々そっと目を開けて

 

私がいるかどうか確認するのです。

 

切なくて 帰れなくて。


そして何もしてやれない自分に絶望も感じていて。

 

自分がどれだけ疲れているのかも分からないくらい私も疲れ果てていましたが

 

もう母が生きていてくれるだけで何もいらない。今日も暖かい手に触れられた。

 

生きていてくれるだけで大きな愛なんだ、人とはそういうものなんだと

 

究極の姿を見せてもらいました。

 

寝たきりのの母の髪も寝たまま切ったし、シャンプーもしたし

 

創意工夫で毎回いろんなことをしました。

 

福祉の面で美容の仕事をするという事は

 

またあの命に近い場面にも遭遇するのかなと思うと、

 

フラッシュバックのように辛くなるかもしれないけれど

 

もう一度向き合う事で母の事をただ悲しみに包むだけじゃなく

 

母にしてあげられなかったこともできるのではないかと

 

そして介護で疲れ果てている周りのご家族に私なりの接し方もできるのではないかと

 

一歩前に進もうかな という思いです。

 

今日は母の3回目の命日。

 

こんな娘を

 

実は後悔だらけの娘を

 

「好きなように生きなさい」「やりたい事をしなさい」と後押ししてくれているのかもしれません。

 

私もいつか人生のゴール地点に着いた時に母がいてほしいし

 

「お母さん 私、どうだった?」って

 

聞いてみたいんですよね。

 

何と言ってくれるでしょうかね。

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