最近、くまは隙あらば

自分の座ってたベンチを分捕ります

 

 

きっと温まってるからでしょうね^^;

 

はちが冷蔵庫の上で寝てるのも

やはり温まってるからかな?

 

 

ねこねこねこねこねこねこ

 

いついかなる時でも
とにかく女性の味方でありたい

とはいえ
最愛の相手との結ばれナイ運命に打ちひしがれて
憂いてる悲劇のヒロイン気取りの女とか
何があってもただひたすら耐え忍ぶだけで
善人ぶった洒落の通じナイ女とか
被害者意識過剰か、もしくは劣等感の塊で
無駄に陰鬱としたウザい女は
応援のし甲斐もなく
ごめん被りたい

いや、そんな意気地なしの男みたいなのは
そもそも女子枠に非ず!

しなやかで思慮深くて美しいから女性なんですし
かつては明るくて素直で可愛いから女の子で
だからプラスわがままで甘えん坊でも
許されてたワケです!!

シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』で
ジュリエットが愛くるしいのは
最愛の相手との結ばれナイ運命に打ちひしがれつつも
自らがその運命に立ち向かうために
画策・実行するからです合格

自身が悲劇のヒロインだなんて
周囲に触れ回って酔い痴れてる暇は
ジュリエットにはありませんでしたからねw

でも残念なコトに相手の男のロミオが
バカ過ぎてやるコトなすコト裏目に出るせいで
駆け落ちも失敗に終わって
死ぬ羽目に・・・。(゚д゚lll)ギャボ

恋は盲目ってのは困ったものです。(´д`;)ギャボ

ジュリエットはとりあえず
パリスと結婚しといて
ロミオを愛人にするとかすれば
若い身空で死ななくてもよかったんです

まあジュリエットは14歳で
恋愛と結婚が=で堅く結ばれてたので
器用な立ち回りができなかったのは
無理もありませんがね

オリビア・ハッセイが
瑞々しいジュリエットを演じてたわラブラブ

 



さて
先日、モーパッサンの『女の一生』の
映画を観てきました

 


主人公のジャンヌはまさに
何があってもただひたすら耐え忍ぶだけで
善人ぶった洒落の通じナイ女

そのものでした

シンデレラなんかもワリとそのタイプで
魔女の助けがなかったら
ハッピーエンドには辿り着けなかったでしょう

 



ところがジャンヌの場合は
魔法の力を借りずに
早々に王子と結婚できたのが
大団円かと思いきや、運の尽きで
この王子こそが偽王子で
諸悪の根源となり
ジャンヌに不幸を齎すのだったチーン

『女の一生』のあらすじは
リブログ元のタイトルにあるように
ジャンヌが夫の不倫と息子の放蕩に翻弄されて
何不自由なく育った貴族の娘だったのが
財産を失い、借金まで背負わされて
ギリギリカツカツの生活を余儀なくされてしまいますゲッソリ

主人公が悲惨な目に遭うので
一種の悲劇ではあるかもしれませんが
シニカルな笑いを誘う喜劇のように思えます

映画でもほぼ原作通りでしたが
自分は原作でも映画でも
主人公のジャンヌに対して羨望しかありません真顔

だって働かざる者なんですよ?
専業主婦でさえなくて女中にお任せですよ?!

せいぜい多少の育児くらいで
生涯の殆ど全ての時間が自由時間!
自分がジャンヌなら
散歩して、絵を描いて、本を読んで
編み物をして、日記を書いて、フルートを吹いて
と、やりたいコトをやって過ごせて
この世の天国です!!

浮気性で金汚い夫が
せっかくさっさと死んでくれてるんだから
成人した放蕩息子なんか放っといて
至福の日々を過ごしますよニヒヒ

むしろ幸せ過ぎて申し訳ナイですから
女中は要りません、家事くらいやります音譜

ジャンヌに同情を禁じ得ナイ人って
『女の一生』を絶賛してるトルストイと
同じ発想なんだと思いますw

女は夫と子供によって幸せになる生き物で
酷い夫と酷い子供しかいナイ女は
夫と子供がいナイ女と同等に
身に余る不幸だ
貴族のお坊ちゃんにして
実力でも稼いでるトルストイならではの
生活感のナイ発想www

モーパッサンの意図するトコロは
たぶんそこなんじゃナイかな?

女でなく人として
あるいは人でもなく単なる生物として
自分の幸せな状態を把握してれば
誰がいてもいなくても彼がいてもいなくても
幸せでいられるものですキラキラ

しかしそれには自ら尽力せねば!

生活に困るコトはなくても
いえ、ナイからこそ、つけ込まれて
財産も生活費もふんだくられるんです!!

ましてやふんだくったのは悪漢でなく
愛し合ってるはずの家族である夫と子供・・・滝汗

物凄く優しい言い方をすれば
ジャンヌって世間知らずのおバカさんですよね

どうしてもシニカルな喜劇にしか
自分には思えませんでした、原作も映画も笑い泣き

 

つまり、映画は原作の意図を表現してると感じたので

自分的には高評価(星星星星星)でした