いつかの手当て | 一緒に歩いていこう、またそう言える日まで ~自死遺族の日記~

一緒に歩いていこう、またそう言える日まで ~自死遺族の日記~

反復性うつ病と診断されていただーさん。
闘病5年の末、2017年9月突然私を残し逝ってしまいました。

《一緒に歩いていこう》

これはだーさんと私の闘病ブログのタイトルでした。
今はだーさんの死と自分の生に向き合うブログです。


テーマ:
こんにちは。

昨日の瘡蓋記事で思い出した『手当て』

あの時

「どうにもならなくなった時の感覚に似てる。どうしよう」

って言ってただーさん。

私は、あれを乗り越えられたんだから今度も大丈夫、乗り越えられると勝手に思い込んでしまってました。

仕事を休んでも構わないと思っていたし、その分私が仕事を増やせば良いと思ってました。
私が家にいないと何かやらかしちゃうんじゃないかって不安もあったのだけど。
前歴あったし。

私が「大丈夫大丈夫、ゆっくり休めばいいヨ」って言葉がかえってプレッシャーになっちゃったのかなぁ?

私は『手当て』を間違えちゃったのかなぁ?

だーさんは幾度か、本人曰く『生きてる証』と言って腕に傷を付けていました。
後になって、半分後悔して半分安心してるような状況に私は理解できなかったけど、本人がそれで安心するならと受け入れてきました。

大きい絆創膏や傷パワーパッドを買っていて、『今日、本当にやるな』って時は傍にいて、落ち着いたら消毒をして、傷の深さに応じて絆創膏やパワーパッドを貼ってあげていたのだけど、私は『手当て』を間違えちゃったのかなぁ?

自暴自棄になると何をやらかすかわからなくて私も随分苦しんできたけれど、それでも一番辛いのはだーさんだからと寄り添ってきたつもりで。
『つもり』だっただけなのかなぁ。

いや、今更こんなことを考えたところで何の意味もないのは分かっているし、だーさんも今更蒸し返されてもスマンとしか言いようがないのだろうけど、自問自答はなかなか止められないんですよね。┐('~`;)┌



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